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戦略

経済雑誌や企業の報告などを見ていると、「戦略」とう言葉が大変よく出てくる。おそらく、ビジネスの世界でも最も多用されている言葉のひとつではないかという気がする。

試しに「戦略」という言葉を調べてみたら、Google 検索数で7,700万件、Amazon 書籍数で 13,532件、日立ホームページ内キーワード検索数で 16,800件、NTTホームページ内キーワード検索数で 10,569件、という結果となった。予想以上の多さに驚いた。

戦略というのは、戦争の中から生まれてきた言葉で、けっこう重い意味合いの言葉であるが、企業においては「よく調べて検討して勝てる作戦方針を立案する」くらいの意味において、ごく軽い感覚で使われているようだ。だから、戦略と戦術がしばしば混同されていると思うような場面にもよく出くわす。

会社時代に、大変すぐれた仕事をした上司がいて、戦略4層構造論というものを教わった。それは、戦略とは次の4層からなるというものである。

1. Philosophy (思想、目的)
2. Policy(方針)
3. Strategy(戦略)
4. Tactics(戦術)

何か問題が起こったときは、常に上位の概念に立ち戻って単純に考えればよい、というのが彼の教えであった。これは大変参考になる思考法であると思った。この4つが明確になっていれば、まず、人は迷うことも負けることもないであろう。

ところが、現実は、中々そう簡単にはいかない。一番多いのが最上位の思想・目的がはっきりしない、すなわちPhilosophy がない場合である。この場合はその下位の方針がコロコロと変わる。これは典型的な失敗・負けパターンである。

さて、上位の2つがある程度明確になっている場合には、いよいよ戦略の出番である。ところが、この戦略というのは、本当の意味で、公に語られることは非常に少ない。敵をあざむくにはまず味方をあざむけと言われ、謀略・調略などというのもこの範疇に入るからである。

第二次大戦中に、英国のコヴェントリーという町がナチスドイツによって大規模な空爆を受けた。英国は直前にドイツ軍が用いていた暗号エニグマの解読に成功し、その情報を事前に察知していた。しかしながら、来たるノルマンディ上陸作戦に備えて、暗号解読に成功したことをドイツ側に悟られないことが、戦略上の最大の要とされた。このため、チャーチル首相は、コヴェントリー市民には空襲警報を出さずに、市民3000人を犠牲にしたと言われる事件である。この話の真偽はさだかではないが、おそらく永遠に真実は明らかにはされないだろう。それが、戦略というものの持つ一面でもある。

戦史を色々読んでみると、ビジネスの世界で「戦略」という言葉があまりに簡便に使われすぎていることに、ちょっと違和感を感ずる。
田坂広志氏の言葉に、「戦略とは語り得ぬもの、一回性を前提としたアートである。画家にとってある心象風景を与える対象はただ一回しかないのと同様に、ある判断を求める局面はただ一回しかない。」というものがある。
戦略の本質をアートに例える言葉に一瞬とまどうが、よく考えてみるとこれは卓見だと思う。「戦略とはただ一回しかない、語り得ぬもの」という言葉は真実のような気がする。本来なら語り得ぬものが、安易に一般論として語られすぎているのではないだろうか。まして、教科書になるようなものでは決してないだろう。

戦争の場面とビジネスの場面では、言葉の定義が全く異なるのだと割り切ってしまえば、そう目くじらを立てるほどのことでもないのかもしれないが、やはり何かスッキリしない思いが残るのは私だけなのであろうか。

本当の戦略的思考を持った人は、おそらく戦略という言葉は決して使わないに違いない。それが、そのまま2度通用するものではないことをよく知っているはずだから。



# by sakuraimac | 2012-05-20 20:51 | 社会・仕事 | Trackback | Comments(2)

安友雄一氏講演会

以前にこのブログで紹介した「安友雄一と通信カラオケ」(http://sakuraimac.exblog.jp/15099738/)で紹介したブラザーの安友氏の講演会が、6/8 に名古屋で開催されることとなった。

ご興味のある方は下記を参照の上ぜひご参加を。

http://partner.ccr.nitech.ac.jp/?p=2060


# by sakuraimac | 2012-05-17 19:26 | Trackback | Comments(0)

半導体産業

先週、エルピーダメモリが米国マイクロンに買収されたとの報道がなされた。かつては日本が世界を席捲したDRAMの国産企業が完全に無くなることとなった。これで、半導体産業で日本に残っている大手の企業は、マイコンのルネサスと、フラッシュメモリの東芝の2社のみとなってしまったわけであり、誠に寂しいことでもある。

半導体産業(集積回路)には、いわば20世紀に開発された電子工学の技術のほとんどすべてが集積されているといっても過言ではない。1948年にショックレーがトランジスタを発明して以来、それは、世界中の研究者・技術者たちの不断の努力によって、シリコンチップ上に膨大な数が集積化されるようになった。その結果、コンピュータやテレビをはじめとする世の中のあらゆる電子機器が、1Cm四方のシリコンチップの上に実現されることとなった。(これをシステム・オン・チップ(SOC)という)

これが、産業の発展、人々の生活向上に果たした役割には計り知れないものがある。またそこに費やされてきた研究と技術ノウハウには実に膨大なものがある。そこにおいて果たされた日本の貢献は非常に大きく、1990年前後においては世界の半導体産業は、ほとんど日本の電気メーカがささえていた。
しかしながら、高度な技術ノウハウが、人の頭の中ではなく、半導体の製造装置の中にすべてが吸収されてしまったことが不幸なことであった。関連産業である装置産業は、半導体製造設備を海外にも輸出する。その結果、気がついた時には、台湾、韓国にあっと言う間に追いつかれ、規模の勝負に持ち込まれた結果、日本の企業は次々と敗退することになってしまった。

大学では、集積回路設計という授業を担当しているのだが、そこに込められている技術のものすごさというものに、毎回、説明しながら自分自身が感銘を受けてしまう。これだけのすごい技術の上に成り立っている集積回路のチップが、かき餅のように量産され、野菜のよう価格変動するという実情には、何とも割り切れない思いを感じざるを得ない。
資本主義の現実だと言えば仕方がないことなのかもしれないが、費やされた努力が正当に評価されない市場原理というものには、技術者としては割り切れない思いが募るこの頃でもある。


# by sakuraimac | 2012-05-12 23:58 | 社会・仕事 | Trackback | Comments(2)

数学者

数学者でエッセイストとしても有名な藤原正彦氏がつぎのようなことを書いている。

「数学者というのは、地位も金も求めない。自分の研究時間が減るという理由で、普通の人なら垂涎の的である教授への昇進さえも断る。他大学から准教授で招かれても、研究時間の取れる助教の職のほうを求める。とにかく連続した思考を中断されることをとことん嫌う。そのかわり、数学の難問を解いて後世に名を残すという名誉欲だけは人一倍ある。
西郷隆盛の言葉に“命もいらず、名もいらず、官位も金もいらぬ人は、始末に困るものなり。この始末に困る人ならでは、艱難をともにして国家の大業は成し得られぬなり。”というものがある。このような人材が今日本には求められているのではないか。」

数学者と無私の政治リーダ像を関系付けるのはちょっと無理もあるような気もするが、まさに理系人間の極致ともいえる数学者の特徴の記述は大変面白く感ずる。後世に名を残すというのは、考えてみれば、ある意味では至高の人生目標なのではないだろうか。俗世において功なり名をあげた人は、最後になって後世に名を残すという欲求に達するようだ。その至高の人生目標を、若いころから他のものは何も求めずにひたすら追い求める姿には、ある種の美しさを感ずる。

東野圭吾の直木賞受賞作 「容疑者Xの献身」 に、天才的能力を持ちながら高校教師に甘んじ、心を引かれた女性を守るため完璧なる完全犯罪を目論む数学者が主人公となって出てくる。その献身的な姿にも無私の美しさを感ずる。

俗世での欲望を離れた究極の生き方に美しさを感ずるというのは、もう人生の多くを終えてしまった自分の無責任な感傷なのだろうか・・・。


<追記>東野圭吾の一番人気作品の「容疑者Xの献身」、米国ミステリー「エドガー賞」にノミネートされていたが4月27日の選考会ではおしくも受賞を逃したとのこと。

# by sakuraimac | 2012-05-06 21:08 | 人生 | Trackback | Comments(4)

還暦

昔は還暦というと、長生しましたねと長寿のお祝いをする習慣があったようだ。しかし、最近では、還暦をお祝いされても喜ぶ人はまずいないだろう。私も昨年還暦を迎えたが、自分が老人になったという実感は全くない。(学生たちからお祝いをもらった時は、気にかけてもらっているということはとても嬉しかったが。)

高齢者医療にたずさわっている医師の和田秀樹氏によると、1970年代に比べて日本人の年齢は確実に10歳以上は若返っているそうである。漫画サザエさんの父親磯野波平は54歳という設定であったそうだが、今の感覚では、60半ばのイメージだろうから、確かに10歳若返っているというのは感覚的に合っている。

和田氏が例に挙げていたが、40歳の伴淳三郎と福山雅治、50歳の美空ひばりと黒木瞳、70歳の東野英次郎(水戸黄門)と加山雄三、どれも、昭和と平成では明らかに老いというものに大きな差が認められる。

私の母は、自分の人生の中で60 歳台が一番充実していたとさかんに言っていた。
もと外務官僚で有名な著作をたくさん書いてきた岡崎久彦氏は、「年齢は60 歳以上がよい。私自身現役中よりも今のほうがはるかに物事がよく見える。」と語っている。
渡辺淳一氏の話題作「天上紅蓮」では、平安時代の最高権力者であった62 歳の白河法王が、15 歳の待賢門院璋子に激しい恋をした様が描かれている。

私事で恐縮であるが、私も60歳でブログを始めてハマり、61 歳で facebook を始めてこれまたすっかりハマってしまった。

このような状況に鑑みてみると、日本の雇用制度というものは、人々の高齢化(若返り)についていけていないように思われる。60代、70代の人々(これらの多くはあと20年以上も元気に生きるのだ)の年金問題・高齢者医療費の問題が、国の大きな財政負担(それも破滅的な予測数字ととに)としてクローズアップされて久しい。

それを解決する方法のひとつは、高齢者に低賃金でもよいから、満足感を持って働く機会が提供されることなのではないかとも思われる。元気で力の有り余っている大量の人々を遊ばせておいて、苦しい国家財政から膨大な年金を満額支給するよりは、少しでも働いて自活してもらったほうが、国のためにも当人のためにもなるのではないだろうか。

外国の人々の場合は、退職後は悠々自適することを目的として働くということをよく聞く。しかしながら、日本人の男性の場合、働くことを止めたとたんに、生きる張り合いが無くなり、同時に健康状態も衰えてしまうという人も少なくないのではないだろうか。若い人々の雇用の場を奪うことなく、何とか高齢者にそれなりの雇用の場を創出することはできないものであろうかと思う。

これは国の施策ではなく(国の定年延長の要請は、既存の民間企業には大きな負担になっておりうまく機能してはいないようだ)、既存の企業以外の民間の知恵が重要な気がする。もし、高齢者の低賃金労働力と知恵をうまく使いこなすことができたとしたら、そこには大きなビジネスチャンスが発生するのではないだろうか。

今の中堅層と若い世代の活力をもっと生かしていかねば、日本の将来は無いのは明らかである。政治は、一番の票田である高齢者のほうにどうしても目が行き、その優遇策が優先される。しかし、それでは、将来の日本は大量の高齢者層とともに沈没してしまうのではないのかと心配である。

政治が若年層の活性化にもっと目を向け、高齢者層の扱いには民間の知恵がもう少し生かされるようになれば、理想的なのではないかと思うのであるが、現実は中々うまくはいかないようだ。(しかし高齢者というのは、そんなに使いづらいものなのだろうか。人の上に立つのでなければ、工夫次第で、もっと色々と使い道はあるのではないかという気がするのだが・・・)


<追記> ITは若い人ではなくてはダメだと言う話をよく聞く。たしかにプログラミングや機器の操作や知識という面ではそれは事実だろう。しかし、ITのもうひとつの側面にコンテンツというものがある。コンテンツは伝達手段とは全く独立した創作活動である。高名な小説家や芸術家などで、高齢になってからも豊富な経験を生かしてさらなる活躍している人は少なくない。高齢者こそ、ブログとか facebook を活用して、自分が蓄積してきた経験を若い世代に伝えていくことをもっと行ってもよいのではないかと思われる(特に表現の場のほとんどないサラリーマン経験者たちには)。
創作などというおおげさなことでなくとも、twitter でグチをどんどんつぶやくだけでもよいと思う。グチ仲間ができるだけでも、ずいぶんと人生が豊かにになるような気がする。その意味では、SNS は時間の豊富な高齢者にとってこそ、おおいにその利用価値があるものではないかという気がしている。(ということに、私自身がごく最近気がついたわけであるが。)
# by sakuraimac | 2012-04-29 22:22 | 人生 | Trackback | Comments(0)

シンプル

会議で色々と議論していたとき、最後にある先生が「この案が一番シンプルでよいのではないですか。」と発言したのが強く印象に残っている。

シンプルという形容詞を積極的な評価の言葉としてスマートに使っていたのが、何かとても新鮮に思えた。昔、コマーシャルで「Simple is best」というのがあったような気がするが、普通は重厚なる議論を続けているときは、この言葉は中々出てこない。

世の中で成功した人々の言葉はおおむね皆シンプルである。そこに至るまでの大変な苦労と紆余曲折と茨の道があったであろうが、成功したものは結果的には極めてシンプルな言葉で表現することができるようだ。

物理学の世界でも、世の中の複雑な事象はよりシンプルな次元で統一できるはずだと、人々はずっと信じてやってきた。現在は、宇宙の話などは、謎が深まるばかりであるようだが、物理学者たちのシンプル化への信仰は、永遠に変わらないであろうと思われる。

レオナルド・ダ・ビンチの言葉に「Simplicity is the ultimate sophistication」(シンプルということは究極に洗練されているということだ。)というものがある。シンプルという言葉に対して、最初に自分の頭に浮かんだ単語が、”Sophisticate” だったので、このダ・ビンチの言葉をある本の中で発見したときは非常に嬉しい思いがした。

もうひとつ、その本の中でアインシュタインの言葉として「Make everything as simple as possible, but no simpler」(すべての事は可能な限りシンプルに、ただし簡単すぎないように)というものが紹介されていた。

シンプルという言葉に関して、最初に思い浮かぶのは、やはり、Apple のスティーブ・ジョブスである。
昨年、北大で低温物理の研究をしている親戚の准教授の研究室を訪問したのだが、彼のオフィスには、大きなMACコンピュータが置いてあり、私との会話の大半がApple とスティーブ・ジョブスのことで費やされてしまった。彼は、ジョブスのプレゼンテーションをすべてチェックしており、自分の研究発表のプレゼン資料も、ジョブスを参考にしてできる限りシンプルに作っていると熱く語っていたのが印象に残っている。

Apple 社の製品が、これだけ多くの人々の熱烈な支持を受けているのは、上記にあげたダ・ビンチとアインシュタインの言葉をそのとおりに実践できているからではないかと思われる。十二分にSophisticateされており、その上で、行きすぎないギリギリのところでのシンプル化に見事に成功している。

「Sophisticated Simplicity」(洗練されたシンプルさ)、その影に隠された天才的な創造力と膨大な努力とを連想させつつも、何とも心地のよい響きの言葉だなあと思う。


<蛇足>
Simplicity の反対語は、Complexity である。一時期、Complex System (複雑系)の科学として大いに世の中の話題となった。「複雑系の科学」にも極めて奥深く興味深いものがあるのだが、それはまた別の機会に。
# by sakuraimac | 2012-04-21 23:45 | Trackback | Comments(2)

facebook 2

facebook を始めて3週間近くになる。どうせ面倒で続かないだろうと、半信半疑で登録してみたのではあるが、旧友を見つけて会話を始めたらすっかりハマってしまった。

最近、仕事の大半はPC に向う作業が占めている。PCと向き合う時間は、1番がメールの処理、2番が書類の作成(論文、報告書、予算など)、3番が学校のポータルサイト検索であり、4番目が何と息抜きのfacebookサイトになってしまった。(ブログは休日に家でやっているので別であるが。)

同じ大学の先生と、facebook上でチャットをしていたら、あまりに応答が早いので、向こうもちょうど仕事を休んでfacebook上にしばらく滞在しているのだなと知って、思わず苦笑してしまった。

ところで、世の中、このたぐいのSNS はたくさんあると思うのだが、facebook で特に印象的なのは、実名での「いいね!」マークである。投稿した言葉とか写真に対して興味を持ってくれた人は「いいね!」ボタンを押すのだが、その情報が、メールで通知されてくる。親しい友達から 2,3 件「いいね!」メッセージジが送付されてくると、それだけでその日一日はちょっぴりと幸せな気分になれる。(膨大なジャンクメールと、事務局からの催促メールの洪水の中で、一服の清涼剤のような趣がある。)

この「いいね!」メッセージの心地よさは何だろうと思っていたのだが、facebook での友人との対話の中で 「承認欲求」 という言葉が出てきて、これがそのまさにその答に違いないと思った。

米国の心理学者のアブラハム・マズロー氏が、人間の欲求階層説というものを唱えている。人間の欲求は5層に分類することができ、一番下から、1. 生理的欲求(生命を維持したい)、2. 安全欲求(生命の安定的維持を求めたい)、3. 親和欲求(他者とかかわり集団帰属したい)、4. 承認欲求(他者から存在価値を認められたい)、5. 自己実現(能力を発揮して想像的活動をしたい)というものである。

「いいね!」メッセージを得ることは、4番目の「承認欲求」を満たしてくれるということに合致している。しかも不特定な人ではなく、実名というところに非常に大きな意味がある。

私事であるが、独立して、家庭を持つ娘が、時々、「いいね!」マークをつけてくれるのだが、そのときはひとしお嬉しい思いがする。単にボタンを押すだけなのに、会話では得られないある種の特別な心の交流を、そこに感ずるのは何とも不思議であり、この心理は自分でもよく説明ができない。

ネットの社会で行われている交流を、マズローの欲求階層説にそれぞれ当てはめてみると、かなり面白そうな心理分析ができそうな気がする。

なお、マズローの分類にないものとして「他人を傷つける欲求」というものが現実には存在する。犯罪行為は別としても、誹謗・中傷・イジメなどがこれに相当する。無記名のネット上で無責任に行われるこうした行為が、世の多くの人々のネット交流に対する不信感を持たせ、毛嫌いさせる原因のひとつになっている面も否定できない。

その意味では、実名を出して、個人の発言に責任を持たせ、しかも限定した友人にしか情報を公開しない facebook は大変うまくできているシステムだと思う。それがこれだけ広く普及した理由でもあるのだろう。

先日、電通のメディア部門の責任者と対談したときに、テレビにつぐ次の最大の広告媒体は facebook になると電通では認識していると語っていた。自分の滞在時間とハマリ具合を見ても、なるほどと彼の言葉は素直に納得することができる。

おしむらくは、実名登録とネット上での会話ということに抵抗感を持つ人はまだ多く、登録してほいしいなと思う知人に声をかけても、中々乗ってきてくれないことである。私のような年寄りがハマっているのだから、特に若い人はダマされたと思ってやってみてほしいと思う次第である。



# by sakuraimac | 2012-04-14 17:30 | 社会・仕事 | Trackback | Comments(0)

1Q84

昔から国語は苦手で、文学小説にはほとんど縁がない。それほど読むわけでもない本もすべてノンフィクションである。芥川賞の受賞作品などは一度も読んだことがないのだが、何故か文藝春秋誌の選評欄だけはいつも眺めている。特に、石原慎太郎のイジワル極まりない酷評は面白くて愛読していた。(今年を最後に選者から引退するというのは残念である)

そんな私でも、本屋で山積されている村上春樹の「1Q84」だけはいつも気になっていた。ただ、1冊1980円もするハードカバーの本が3冊に連なる長編は、つまらなかったらお金も時間も損するような気がして手を出すのは躊躇していた。Amazon の中古で安く手に入らないかと見ても、人気本だけに中古本のほうが高い値がついている。

それが、この4月に文庫本が発刊された。しめたと思って早速買って読んでみた。中々面白く引き込まれてしまった。話の展開と構成もユニークだが、世界的にベストセラーになっているという理由が、文学的に優れているのか、それとも世相に合っていて皆の興味を引いたせいなのかは、文学にはうとい私には全く判断ができない。

という訳で、せっかくの超ベストセラーを読んでもここで書評が書けるわけでもないのだが、ただひとつ面白かったのは、文庫本が出たとたんに、Amazonの中古本の値段が暴落して、2000円以上の値が276円になってしまったことである。これなら、2冊で1,180円の文庫本より、ハードカバーの中古本のほうが圧倒的にお買い得である。Amazon中古本の愛好者としては、新刊文庫本を買う前に、ちょっと調べればよかったと後悔した次第である。

Amazon中古本の値段の動きというのは実に面白い。前に、本学に特別講義に来ていただいた小笠原泰先生が言っていたが、先生の著書「何となく日本人」が、先生がテレビに出演した直後には、何と8000円の値がついたとのことである(今は780円である)。本の内容にはかかわらず、世の注目度と需要に応じて値が決まるようだ。世相に合わせて乱高下する株価のようである。

一方では、歴史的な好著に1円などという値がついているときもある。1円などという値段は、包装する手間代にもならないので、どういうしくみになっているのか不思議でしょうがないのだが、1円+送料250円で良い本が手軽に入手できるAmazon 中古本サービスは、本当にありがたい。このサービスのおかげで、ずいぶんと自分の読書量が増えたような気がしている。



<余談>中古品で面白い話というと、ブルーレイレコーダの年代の古い中古品には何故か高い値段がついている。実に不思議な話であるが、これには理由がある。それは、デジタルテレビ放送をブルーレイに録画してそれをPC上に映像として取り出すには、著作権保護の暗号をはずすハッキングをしなくてはならない。これはかなり難しい仕事のはずなのだが、世の中にはマメなハッカーがたくさんいてしばらく経つとハッキングプログラムが出回る。そうすると、製造メーカのほうも、対応策を講じて新しい製品ではより堅固に暗号を強化する。それを世のハッカーが解くにはしばらく時間がかかる。という訳でデジタルテレビ放送の映像を取り出してYou Tube などに投稿しようとすると、古いブルーレイレコーダが必要になり、その結果古い製品への需要が高まるという訳である。(1Q84とは全く関係のない余計な話ばかりで失礼。)

# by sakuraimac | 2012-04-08 03:06 | 娯楽・趣味 | Trackback | Comments(5)

牛田智大(ともはる)

今朝の「題名のない音楽会」で、12歳の牛田智大(ともはる)君のピアノ演奏を聴いてビックリした。演奏技術もさることながら、音楽的な情感と表現力にはとても小学生とは信じ難いものがある。調べてみたら、すでに天才少年として評判となっており、この3月には史上最年少のCDデビューを果たし、7月にデビュー演奏会が予定されているとのことであった。(今頃それをテレビがきっかけで知るとは、私も不明のいたすところである。)
ご存知ない方には、その才能の片鱗を、下記のサイトにてちょっと垣間見みていただきたいと思う。

http://www.youtube.com/watch?v=1ZMejOJeXy0&feature=youtu.be

素晴らしい才能だと思うのだが、しかし、こんなに小さいときから、騒ぎ立てて人前でデビューさせてよいものなのだろうか。もっと大切に育てて、大人になってからデビューしても遅くはないような気もするのだが・・・。

とにかく、日本の宝ともいうべき素晴らしい才能が、さらに花を開かせて大成していくことを大いに期待したい思いである。

# by sakuraimac | 2012-04-01 14:08 | 音楽 | Trackback | Comments(0)

TED(最高のプレゼン)

一昨日、NHKのテレビでTEDの特集をやっていた。以前から話を聞いて気にはなっていたのだが、まとめて取材された番組を見て、改めてその有用性を再認識させられた。早速、Web を眺めてみたのだが、その quality の高さに驚いた。

TED (Technology, Entertainment, Design) は、最高のプレゼンテーションを披露する会員制の会議であり、その優れた種々のプレゼン映像は、Web上で広く公開されている。

http://www.ted.com/translate/languages/ja

http://matome.naver.jp/odai/2130899017379563201

まず、英語の勉強には非常によい教材だと思った。「時間が短い、発音がクリア、字幕は日本語と英語の両方がそろっている、話が面白い。」と英語の教材としてのすべての条件が揃っている。こういう教材はないものかと長い間捜していたのだが、これは、今まで見つけたものの中では最高のものだと思った。ぜひ、学生諸君には(企業の方にも)お薦めしたい。

つぎには、5~15分くらいの効果的なプレゼンの、非常によいお手本になることがあげられる。プレゼンの見本といえば、スティーブ・ジョブスが有名であるが、TEDはあらゆる分野に渡り(特に科学技術系のものがあるのは嬉しい)、あらゆる人々が創意工夫を凝らしたものが並んでいる。現在得られる最も素晴らしいプレゼンの教材だと言っても過言ではないと思われる。

私も、これから、暇があれば、ゆっくり順に見ていこうと思っているのだが、ご存知ない方に、とりあえずはお知らせしておこうと思い、ここに記してみた次第である。

まずは、とにかくご覧になってみることをぜひお勧めしたい。


# by sakuraimac | 2012-04-01 00:24 | 教育 | Trackback | Comments(0)

facebook

ブログは熱心に書いているのだが、twitter とかSNS は何か面倒で今まであまり気が進まなかった。たまたま最近の東洋経済誌に、今話題のfacebook特集があり、それを読んで驚いた。facebookはアクセス数でかなり前にGoogleを抜いており、利用者の滞在時間もGoogle の4倍と書いてある。
何より興味を引かれたのは、日本では利用者の66%が職業人であり、50代以上が32%であるという数字であった。

これは、mixi などとはちょっと違うものらしいということが分かり、早速登録して試してみた。実名登録が若干抵抗感がある人もいそうであるが、大学教員の立場だと、特に隠すようなことは何もない。
大学の同僚、昔の会社時代の知り合いなどが色々と見つかり、最初の2日間で、友だちが17名もできた。
やってみて最初に気がついたのだが、これは日頃の出来ごとや趣味の公開はさておいて、実は仕事(ビジネス)の上で大変役に立つものではないかと感じたことである。

ビジネスをうまく進める基本のひとつに人脈の広さというものがある。今は大学教員の身であるが、例えば学会の運営とか役員の依頼、論文の査読者捜し、講演会の計画と宣伝、国際会議の企画と運営、これらはすべて、ビジネス社会での活動と極めて酷似していると感じている。そこでは、いかに有用な多くの人々とコンタクトが取れて情報交換ができるかということが鍵となる。

情報交換の基本はやはり電子メールと電話だと思うのだが、大学関係者はともかくとして企業人のメールアドレスを入手するのは非常に困難である。そのため、最初にコンタクトを取るひとつの手段として、facebook はかなり有用なのではないかと感ずる。まだまだ登録者は少ないようであるが、企業人がその価値に気がついて、これを有効活用してくれるようになることを願っている。
もう少し使ってみてその価値を確認した上で、知り合いには、facebook 登録をぜひ勧めていこうと思った次第である。

# by sakuraimac | 2012-03-29 18:56 | 社会・仕事 | Trackback | Comments(5)

秘書さん

大企業のえらい役職に着くと必ず専属の秘書さんがつく。秘書さんは会社の顔ともなるので、会社もそれなりに厳選した人を配置する。こういう秘書さん方は皆有能であるが、一般社員とは離れて浮いた存在になってしまうため、ある種の疎外感のようなものを感じている人もけっこう多いようだ。

こうした秘書さん達は、一般の社員から話しかけてみると、案外と喜んで相手をしてくれる。私は、別に下心があった訳ではないが、会社時代は秘書さんたちとは、結構仲良くしていた。

あるとき、会社内で一大プロジェクトが結成された。2つの事業部にまたがり、総勢200名が参加する、事業部の存亡をかけたプロジェクトでもあった。
私はその骨格作りに有志とともに奔走していたのだが、最後に、必要なキーとなる先端の専門技術者2名がどうしても得られないという難題が残された。大企業特有の組織の壁が立ちはだかり、社内には反対派も多かったため、事業部長といえども中々うかつには手を出すことができずに、事態は暗礁に乗り上げてしまった。

そこで、私は考えた末、社内の技術を統括するトップの技術担当の専務に直訴状を出すことを思いついた。忙しい専務なので、メールなどは見てくれそうにない。直訴状を社内便で送っても、面識のない一介の主幹クラスの文書など、会議スケジュールで一杯の会社内ではまずは読んでもらえないだろう。
そこで、自宅に送りつければ、きっと、休日くらいには目を通してくれるだろうと期待を持って、10 頁に渡る直訴状を徹夜で書き上げた。

さて、そこで困ったのが、専務の自宅の住所が分からないことである。社内といえども、経営トップの役員の個人情報などは、一般社員にはまず手には入らない。
そこで、私は親しくしていた事業部長の秘書さんに相談してみた。そしたら運のよいことに、専務の秘書は自分の友人だという。そこで私は「専務にはある件で大変お世話になった。お礼に年賀状を出したいのだが住所を聞いてもらえないだろうか。」と頼んでみた。そうしたら、予想外にあっさりと専務の自宅住所が手に入った。

そこで、万を持して金曜日に郵便が届くように発送した。そうしたら、日曜の夜に直接に専務から私の自宅に電話がかかってきて、「事態は分かった。すぐに対処する。」という返答があった。

それから、2,3日後に、待望の人材2名が、プロジェクトに派遣されることが決定された。どうせ、要の人材が得られなくて、いつもの通りにまた失敗するに違いないと斜めに構えていたプロジェクトのキーメンバーたちは、この瞬間、会社がいかにこのプロジェクトに本気かということを肌身に感じて、その日から皆の目の色が変わった。
私は、その時、このプロジェクトの成功を確信した。

ただし、虎の子の人材を強引に引きぬかれた相手先の部長からは、「裏で画策したのはお前だろう。」とたいへんな剣幕で怒鳴りこまれた。「さあ、何のことですか?」としらばくれていたが、結局は最後にプロジェクトが成功したあとには、彼とは親友になることができた。(彼も、過去の無数の失敗プロジェクトと同様に、貴重な人材をつぶされてはたまらないと懸念して反対していただけなので、成功しそうだと分かったら、大きく態度が変わった。)

プロジェクトには、ある要というものがある。それは、担当レベルでは分かっていても、一見小さな問題として見過ごされてしまって、上にはうまく伝わらないことが多い。
形が整いさえすれば、回りもトップもそれで安心してしまう。しかし、声を出せない担当レベルが、一番その要(穴)をよく分かっており、プロジュクトの成否のツボをよく理解している。それが大組織の中では中々うまく上のほうには伝わらない。
このようにして、山のような失敗プロジェクトが社内に積み上げられてきたのを私はずっと見てきた。
その経験が、このちょっと非常識な、技術トップの自宅に直訴状を出すという行動に私を駆り立てた訳である。(あまり他人には勧められない行為ではあるが・・・。)

この社内でも久方ぶりの成功プロジェクトの要の獲得に、一役買ったのは、実は、秘書さん経由の年賀状の話であったということは、社内でも誰にも話したことはなかったのだが、10年以上も経ちそろそろ時効かなとも思ったので、ここでちょっと披露して見る気になった次第である。

まあ、こういう特殊な場合は例外としても、日常の仕事の小さなことでも役に立つことは結構多いので、身近にいる秘書さんたちとは日頃から仲良くしておくことを、会社に入る皆さん方にはぜひお勧めしておきたいと思う。

# by sakuraimac | 2012-03-23 20:46 | 社会・仕事 | Trackback | Comments(8)

武宮正樹とZen

3/17 のNHKニュースで、武宮正樹九段が、コンピュータ囲碁ソフト「Zen」に四子の置碁で敗れたとの話を知って、大変驚いた。将棋ではプロ棋士がコンピュータに追いつかれたばかりであるが、囲碁の分野ではまだまだと思っていたのが、いつのまにかこんなに強くなっていたとはとにかく大きな驚きである。実力としては強い県代表、全国クラスの打ち手との評である。

色々書きたい思いはあるのだが、今は暇がなく、あまり時間を置いても間のびがするので、とりあえず、下記の棋譜を紹介することで、今回はこれで失礼したい。

http://blog.hangame.co.jp/O428481463/article/37920922/


# by sakuraimac | 2012-03-19 18:28 | 娯楽・趣味 | Trackback | Comments(2)

スジがよい

人を評するとき、専門家は「スジがよい」という言い方をよくする。例えば、スポーツ選手をコーチが評するときは、その分野に向いた基本的な潜在能力を見出したときに使う言葉なのではないかと思う。芸術の分野でも、勝負事の世界でも、指導者たちは、潜在能力に対して「スジがよい」という言葉をよく使うようだ。

科学技術の分野でも同じようなことが言える。私は昔から、技術システムの「スジよいか、悪いか」ということを、ずっと意識し続けてきた。自分にさほどの眼力があるとは思ってはいないが、スジの悪い技術にはいくつかの特徴があるようだ。
① 継ぎたしつつ拡張した旅館のように、複雑で分かりにくい。
② 全体を一貫した設計思想というもがない。
③ シンプルでなく美しくなく、心を打つものがない。
④ 小手先の技術で何とかゴマかして破綻を防いでいる。

スジが悪くても、何とか世の中で使われているものも多いが、スジのよい競合技術が現れると、スジの悪い技術は敗れるのが普通である。

ある技術システムのスジがよいか悪いかという判断基準のひとつに、システムの外部ノイズ入力(雑音、外乱)に対するロバストネス(耐久性)というものがあげられる。スポーツなどでもそうであろうが、体幹がしっかりしていると、少々の外力には動じず耐えることができる。

上記にあげたスジの悪い技術は、一般に外乱を加えると馬脚を現す。予期しない外部からの外乱に対して、耐えきれずに破綻してしまうのである。

今の人は、知らないかもしれないが、20年以上前に、ハイビジョンテレビを伝送するためにMUSE方式というものが考案された。私自身、そのLSI化計画の中心にいたので、悪口を言うのは忍びない思いもあるのだが、MUSEはスジの悪い技術の典型であった。放送局のスタジオでの環境ではそれなりのよい画質が得られる。ところが、電波に載せて放送してそこに外部ノイズが混入すると、とたんにテレビ画面の質が極端に低下するのである。

MUSEのLSI開発には当時会社は多額の投資をし、課長としてその開発リーダを勤めた自分は、開発自体には成功し大いに評価された。当時、NHKの7時のニュースで、100万円を切るハイビジョンテレビが初めて発売されたとして、LSIボードとともに会社名が紹介されたくらいであった。
しかしながら、技術者としては非常に複雑な思いであった。その将来性には全く期待が持てないことは、開発者自身が一番よく知っていたからである。

以来、技術のスジのよさということには、非常に敏感になった。ある新しい技術提案を評価するとき、まず、スジがよいかどうかを見る。普通は、そんな簡単にスジのよさを見極めることはできないので、思考実験として、ノイズを入れたらどうなるかと想像してみる。そこで、破綻が予見されるようであれば、基本的にはまずその技術の将来性はないと判断することができる。

シャノンの提唱した情報通信理論においては、ノイズ(雑音)は極めて本質的な意味を持っている。その意味では、ノイズに対する振る舞いよってシステム技術を評価するという考え方は、直観的には正しいものと私は信じている。(厳密な理論の構築は自分の力ではとても無理ではあるが・・・。)

「スジがよい」という言葉は、科学技術に限らず、あらゆる分野において、最高の誉め言葉のひとつではないかと私は思っている。と同時に「スジの悪い」ものには早めに見切りをつける眼力と決断する勇気を持たねばならないのではないかと、自分自身の反省も含めて強く思うのである。



# by sakuraimac | 2012-03-18 20:22 | 科学技術 | Trackback | Comments(2)

コミュニケーション能力2

企業の就職面談も100 社を超えた。企業があいかわらず1番に求める「コミュニケーション能力」について、感ずるところをふたたび記してみたい。

面談を重ねてみて感ずるのは、コミュニケーション不足というのは、どうも、新入社員と会社(上司)の双方に等しく責任があるようだ、というのが、今のところの私の感想である。

まず、新入社員となる学生について述べてみたい。大学教員になってから5年になるが、5年前と比べて、学生がだんだんと幼児化していることを感ずる。
指示待ちで、自分から積極的に動こうとしない。問題があってもほかっておいて言ってこない。話しかけても中々的確な受け答えができない。とんちんかんなメールを送ってくる。研究室の秘書さんに、今の学生は中学生並みのような人が増えてきたと言われる始末である。

これは、教員にとっても頭の痛いところである。ただし、よく観察すると、基本的な能力が劣ってきているわけではない。対人関係において大人になれていないというところに問題が存在するようだ。すなわち、彼らはいわば何も知らない白紙の状態だと言うこともできる。したがって、そこに意識的にトレーニングを施すことによって、かなり問題を解決することができる。

例えば、修士課程の2年間で、ゼミでのプレゼンと徹底した討議、学会発表の特訓、そして集団の中での役割遂行などに苦労させると、人によっては見違えるほど成長する。2年後に、中学生から大学生へと成長した学生たちを送り出すことができたときは、教師としても、嬉しく感慨深いものがある。

さて、では、もう一方の会社の上司のほうはどうだろうか。「現場では何に困っているのですか?」という私の問いに、企業担当者からは、上に記した中学生の行動様式群がそのまま答えとして返ってくる。あまりに、皆が同じこと言うので、思わず私も苦笑してしまう。

企業担当者は、皆一様に「コミュニケーション能力」と唱えるが、それは先天的な能力ではなく、トレーニングによって後から身につけるものではないだろうか。それならば、「コミュニケーション力」のある学生を一生懸命捜す必要はなく、社内で教育すればよいだけとも言える。
そのとき、最初にやるべきことは、幼児化した(白紙状態の)新入社員を教育する前に、まず教育にあたる上司を教育することではないだろうか。
そのことに気付いて管理者教育に真剣に取り組み出した企業もかなり出てきたようだが、一般にはまだまだ不十分だと思う。

最初に上司に教えるべきは、自己の経験を捨てさせることだと思う。必ず出てくる上司のグチに「自分が若いころはこうしたものなのに今の若い者は・・・」という嘆きがある。当人はその頃は大学生であったかもしれないが、今の若い人たちは中学生なのである。違うのが当然だという認識を持つことからまずスタートしなければならない。
ただし、学力を中学生から大学生まで引き上げるという訳ではないので、そんなに大きな労力が要求されるわけではない。能力はあるのだから、ちょっと工夫するだけでよいのだ。

では、何をどう教えればよいのか。それこそ、まさに、コミュニケーションのイロハをもう一度復習することであると思う。コミュニケーション(情報交換)の基本は、情報の発信と情報の受信である。
上司が陥りがちな大きな間違いのひとつに、自分からの情報発信が非常に少なくなってしまうことがあげられる。部下はなぜ察してくれないのかとイライラする前に、メールでもWebでも何でもよいから、自分のすべてを公開する。
そうすれば、部下は、上司は何を欲しているのか、何に困っているのかが分かり、それなりに自分で行動できるようになる。部下には情報の発信を求める割には、自分からの情報発信には注意が行き届かない上司はかなり多いような気がする。
それでも、昔の大学生レベルの若い人は何とか察しようと努力してくれたが、今の中学生レベルの若い人は、明確に発信されない情報の裏を推察しようとすることは絶対にない。

こうして、書いてみると、「コミュニケーション能力」が必要なのは、むしろ、企業のほうなのではないかと思えてくる。

企業の皆さんには、若い人の「コミュニケーション能力」不足をなげく前に、幼い社員を大人に育てるべく中間管理職の教育にぜひ頑張っていただきたいと思う次第である。(上下の板挟みに会い過大な責任を負わされる中間管理職の苦悩は、私自身が十二分に体験してきたことなので、その上に、さらに幼稚な社員の教育までやらねばならないということが、いかに大変なことかはよく理解できるのだが・・・)


<蛇足>
「信頼できる」という言葉を、コミュニケーションという立場からみると、「相手の行動を読むことができる」と表現することができる。一見、違和感を感ずる表現かもしれないが、我々は、どういう行動を取るか予測ができない相手を信頼することはできない。相手に自分の行動様式をあえて容易に読ませることが、人から信頼感を持たれるためのひとつの要素であるということを、案外と多く人は気がついていない。
情報を握って出さないことによって権威を保とうとする人が、出世した例を私は見たことがない。(ということは幸運なことだったのかもしれない。そのような人が出世するような会社はきっとつぶれていたであろうから。)


# by sakuraimac | 2012-03-13 00:23 | 教育 | Trackback | Comments(2)

3 回言いに行く

私の会社時代の話であるが、まだ平社員だったころ、直属の課長のやり方にどうしても納得ができずに、ついに意を決して上の部長に直訴におよんだことがある。
そのとき部長からは、「お前、俺に何か言いたいなら3 回来い。1 度目は無視する。2 度目は心に止めておく。3 度目にまじめに考えてやる。」と言われて、その場は追い返されてしまった。

部長とは何でもすぐに分かる聡明な人がなるものと思っていたので、この言い分には何とも納得できず、ずっと不満に思っていた。ところが、時間が経つにつれて、自分の頭も冷えてきて、課長の立場も少しは分かるようになり、結局は2 度と部長のところに行くことはなかった。
そして、最後には、やはり部長になるような人は違うのだなあと、妙に納得した思い出がある。

このささいな経験から、会社人生における重要なふたつのことを学んだ。

ひとつめは、一回目は無視されるのだから、思いが溜まったのなら少々のことは言ってもかまわないということである。(相手にもよるので一般化はできないが、大体は若気のいたりで済まされてしまうことが多い・・・)

ふたつめは、一度は断られても、相手は内心でこちらの真剣度を測っているので、本当に必要なことであれば、3 回は挑戦してみなければいけないのだということである。
手をかえ品をかえて色々を工夫して、3 度はトライしてみる。そうすれば、たいがいの相手は意外とこちらの熱意に折れてくれるものだ。利害が根本的に対立する場合は別であるが、熟知していない事柄に関しては、人はまずは当人がどのくらい本気で真剣なのかを測ろうとする。
そのひとつの目安が3 回という数字である。これは、人の上に立つ人間の共通した思考パターンのひとつとして、知っておいて決して損はない事である。

この教訓は、その後の私の会社生活において(私生活においても)大変役に立つことであった。
「三顧の礼」という有名なことわざもあるので、このことは、昔から人々には熟知されてきたことなのでもあるのだろう。

信ずることを真剣にやろうと思ったら、決して1 回であきらめてはいけない。


<追記>
以上は新人時代の経験から時間的に3 回トライすべきということを述べてみたが、年を取ってから学んだより高等な戦術として、空間的な攻め方というものがあることをちょっと付記しておきたい。
えらい人を説得しようとしたら、その人がまず相談するであろうと思われるキーパーソンを3 人見つけて、これを事前にしっかりと説得する。もし信頼する3 人に相談して同じ意見が返ってきたら、よほどの頑固者で無い限りは、人はそれに従うものである。
このことは、目的達成のためには非常に有効な手段なので、皆さん、入社して10 年20 年経ったら、ぜひ想い出してほしいことでもある。
(これの逆のケースで失敗する例は多い。上位の了解を得たと思って安心していたら、後で下の反対に会ってうまく進まないというのは、日本の会社では非常によくある話である。)

# by sakuraimac | 2012-03-09 15:32 | 人生 | Trackback | Comments(6)

FUKUSHIMA プロジェクト

3/4 に書いた福島原発事故の記事の続きであるが、そこに記載した 「FUKUSHIMA プロジェクト」 という民間の調査団体について紹介してみたい。

このプロジェクトは、専門家6人によるボランティア団体で、活動資金を一般の寄付金に頼ることによって特定組織の意向や市場原理に左右されることなく、福島原発事故の実態について独自の調査活動(特に技術面における)を進めてきたものである。

http://f-pj.org/

その調査報告が、3/5 版の日経エレクトロニクス誌に載っているのを発見した私は、その重大なる内容に驚くとともに、このようなすぐれた調査報告が、特殊な専門誌の後ろのほうにひっそりとしか載らず一般の人の目に触れる機会がないということを、大変残念に思った。

ちょうど、昨年末に「テレビの未来」についての取材を受けて知己となった日経エレクトロニクス誌の記者に連絡を取ったら、何と彼もこのプロジェクトに個人的に協力して、この記事の掲載担当をしたというので、思わぬつながりに驚いた次第である。

「FUKUSHIMA プロジェクト」は、海水注入の実行を決断しさえすれば、福島の2 号機、3 号機の破綻は防げたはずだという観点から独自の調査を進めてきた。私は原子力の専門家ではないが、技術者の立場から見て、その調査方法はち密であり事実のみを追求するたいへん優れたものであると感ずる。(福島原発に関してはそうではないものが世の中には多すぎるため、このあたりまえともいえる正攻法が、逆に新鮮に見える。)

この調査結果は「FUKUSHIMAレポート」として、Amazon や書店で945円で購入できるので、興味を持たれた方は、ぜひ購入されて読まれることをお勧めしたい。

このような、組織の意向や世論に左右されない冷静な報告は、もっと一般の読者に広く知られるべきではないかと強く思った次第である。メンバーの方々には、今の日本では最も良識があり識者への影響力の強い「文藝春秋誌」への寄稿を強く勧めているところである。




# by sakuraimac | 2012-03-07 12:12 | 社会・仕事 | Trackback | Comments(0)

福島原発事故と管首相

2/28に、民間の「福島原発事故独立検証委員会」は、官邸の初動対応が「場当たり的で泥縄的な危機管理だった」と指摘する報告書をまとめて発表した。 委員長の北澤宏一・科学技術振興機構顧問は、当時の菅直人首相ら官邸主導の介入による混乱が事態を悪化させたとの見方を示し、管首相の行動への批判がマスコミによって大きく報じられた。

しかしながら、私はこの報道に極めて大きな違和感を覚えた。マスコミの非難とはうらはらに、管首相の非常事態に対する本質的な認識と判断はかなり正しかったのではないかと、今までずっと感じ続けてきたからである。

その私の印象を裏付けるものとして、3/5 発行の日経エレクトロニクス誌に、以下のような寄稿記事が載っていた。民間事故調査委員会 「FUKUSIMAプロジェクト」 を立ち上げた同志社大学の山口栄一教授は次のような報告を行っている。

事故を起こした原発は1~3号機まである。1号機はすでに対応は不可能な状態にあったが、2、3号機は、十分な時間があり、それを現場は知っていたにもかかわらず、海水注入は行われずに放置された。その間に3 号機は炉心溶融が始まり、その後の冷却のためのベント解放によって、放射性のヨウ素131やセシウム131 が大量に大気中に放出され、東日本の人々を大きく苦しめる結果となった。

1号機に海水注入した時点では、2号機3号機はまだ制御可能の状況にあった。東京電力は、2~3号機にも同様に海水を注入して炉心溶融を防ぐことができたのに、その意思決定を行うことはしなかった。そのことについて、調査を行った山口教授は、管首相の友人であった、北陸先端科学技術大学 副学長の日比野氏から次の証言を得る。

管首相は、2~3号機も1号機と同じ運命をたどると直感し、先手を打つことを、東京電力、原子力安全保安院、原子力安全委員会に何度も指示していた。にもかかわらず、東京電力はその指示には従わずに適切な処置を取らず時期を逸してしまった。トップが意思さえ持てば出来たことを何故やらなかった(やれなかった)のかは不明であるが、少なくとも管首相の判断は完全に正しかったのである。

もし、東京電力が管首相の指示に従っていたら、3号機の炉心溶融はなく、東日本の放射能被害も半分以下で済んでいた、というのが山口教授の報告である。興味のある方は詳細を下記にてご覧いただきたい。

http://techon.nikkeibp.co.jp/article/COLUMN/20111215/202630/?P=5

何故、炉心溶融という国家的危機を前にしての一国の首相の指示に従わない東京電力は非難されないのか?、何故正しい指示を出した首相のことをマスコミは一切伝えずに、ヘリコプター視察がどうのこうのという枝葉末節のことしか報道しないのか?、加えて、今回の冒頭の管首相に対するあきれるばかりの低次元の批判報道は一体何なのか?、本質論から外れたあまりに次元の低いレベルで付和雷同する報道姿勢に対して私のマスコミへの不信感はつのるばかりである。

# by sakuraimac | 2012-03-04 22:30 | 社会・仕事 | Trackback | Comments(0)

TOEIC

各企業と就職面談を続けていると、今やほとんどの企業が海外(特に新興国)に市場を求めていることを強く感ずる。某有名自動車メーカは、製品の90%が海外向けと聞いて今さらながら驚いた。これからの企業の国際化は、もはや避けては通れない大きな時代の流れとなっている。

東大の秋入学制度の提案もこの流れに沿ったものであるが、各企業の対応はもっとはるかに素早く進んでいる。話題となった、楽天の自社内の会議や業務の会話をすべて英語化するという、一見過激とも思える試みも、意外とそれなりの効果をあげていると経済雑誌に紹介されていた。楽天における、英語力の評価基準としては、TOEIC を用いており、役員800点以上、部長 750 点、課長 700 点、新入社員 650 点という基準があるそうである。
他の企業もこれに追随するところはどんどんと出てくる気配である。

TOEIC は、あえてここで説明する必要もないかもしれないが、ビジネス英語に必要な、リスニングとリーディングの200問が出題される一般公開の試験で、ほぼ毎月試験が各地で実施されている。

http://www.toeic.or.jp

入試においても、当大学院では、このTOEIC の採用が導入されることとなった。24 年度実施の入試は、従来の英語試験と、TOEIC、TOEFL、の3つの中から選択、25 年度は、完全にTOEIC、TOEFL の2つのみとなる。(もし知らない受験生がいたら注意のこと)

TOEIC がすべての英語力を現わしているとは思えないが、世の中の流れは、完全にTOEIC 重視の方向にある。学生諸君は、その流れをよく理解しておいてほしい。過去の受験した中での最高点を利用できるので、なるべく、多数回、TOEICを受けておくことをお勧めしたい。

当研究室でも、1,2年前から、TOEICゼミを行っているが、中々うまくは進んではいないのが実情であった。来年度は、少し工夫をして、強化したいと思っている。

なお、「超英語法」を執筆した野口由悠紀雄教授は「英語はとにかく聞くこと。聞ければ自然としゃべれるようになる。」と力説している。これは、私も全く同感である。(カラオケの上達法と極めてよく似ていて、勉強の頭脳を使うというよりは運動神経の訓練に近い。)
TOEIC もリーディングは中々上達が難しいが、リスニングのほうは、2,3ヶ月も注力すれば、すぐに5,60 点は簡単に上がり、努力対効果の効率は極めてよい。野口教授の言う聞くという訓練にもなる。本屋に行けば、CD付きの教則本がたくさん売っている。ぜひ今からリスニングの訓練をしておくことを、大学院をめざす学生諸君には強くお勧めしたい。
# by sakuraimac | 2012-03-03 00:30 | 教育 | Trackback | Comments(0)

就職人気ランキング

週刊ダイヤモンド誌が、来年度入社に向けての就職人気ランキングの調査結果を発表した。企業の実体を真には把握していない学生たちの人気投票にしかすぎないので、ここで紹介するのもどんなものかとためらってしまったが、一応公表されたデータなので、参考までに理系男子に関する順位を記載して、感想を述べてみたい。

1位 東芝_____11位 三菱重工___21位 トヨタ自動車
2位 日立製作所__12位 丸紅_____22位 NTT東日本
3位 三菱商事___13位 シャープ____23位 日清製粉
4位 ソニー____14位 三菱電機____24位 東京海上
5位 住友商事___15位 野村総合研究所_25位 ロッテ
6位 パナソニック__16位 ホンダ_____26位 豊田通商
7位 NTTデータ___17位 旭化成____27位 NTTドコモ
8位 三井物産___18 位 JR東海____28位 明治製菓
9位 JR東日本___19位 川崎重工___29位 双日
10位 伊藤忠商事__20位 キャノン____30位 鹿島

これを見ると、全国平均(主に東京地区が中心か?)と東海地区の著しい差異が印象的である。
ひとつは、総合商社が12 位以内に5 社も入っていることである。商社は近年、理系を20~30%くらい採用しており、その宣伝活動が行き届いているためと思われるが、それにしてもこの結果は名古屋にいると異様に感じられる。理系の一部の学生の製造業離れを象徴しているのであろうか。

もうひとつは、その凋落ぶりがマスコミで話題となっている、大手電気メーカの根強い人気である。電気情報系に限った調査ではないのにもかかわらず、製造業の上位5 社まではすべて大手電気メーカが占めている。その中で東芝が何故1 位なのかは私にも理由がよく分からない。昔は、50位くらいに低迷していたはずだし、最近も特に目立った業績を上げている訳でもない。私のほうから学生に理由をたずねてみたいなくらいである。ソニー、パナソニックも多くの深刻な課題を社内に抱え込んでいる割には、そのネームバリューの高さを未だに保っているのは不思議とさえ言える。

特筆すべきは、トヨタが20位以内に入っていないことである。名古屋にいるものとしては思わず本当?と問いたくなる。世界有数の優良企業であるトヨタも、全国的には、東海地区の人々が行くべき地方の企業という位置付けなのであろうか。

あと、NTTグループ内でのNTTドコモの順位があまり高くないのは、その高収益と将来性を考えると不思議な結果である。合わせて、携帯電話各社が顔を出していないのは何故だろうか。IT 関連企業がNTT データ以外には見当たらないのも大変奇妙な感じがする。

この順位表は、企業の優良さと将来性を表しているものとはとても思われない。何が選定の根拠となっているのかもはっきりしない。就活中の学生諸君も、ここに名前のある企業に入れたからといって決して安心してはいけないと思う。また、自分の志望企業名がないからといって気にする必要はまったくないことも特に付け加えておきたい。
極論するならば、この結果はAKB48 の人気投票程度のものなのではないだろうか。(それならばわざわざ載せるなと言われればそのとおりでもある。あまりの異様さについ感想を書きたくなってしまったのだが、本当は無視すべきものだったのかもしれない・・・)

# by sakuraimac | 2012-02-26 00:56 | 教育 | Trackback | Comments(1)

永平寺

研究室の卒業旅行で、学生30名と北陸地方を旅してきた。今回は1泊のバス旅行で、永平寺、東尋坊、山代温泉、金沢と回ってきた。永平寺と東尋坊は、今回で訪れたのが二度目となったので、以前の訪問でもちょっと興味の沸いた永平寺について書いてみたい。

永平寺は全国に1 万5千の末寺を持つ曹洞宗の大本山である。福井県の人里離れた山の中にあり、樹齢600 年の杉の老木に囲まれている。日本最大の禅の修業寺であり、200名近くの若い修業僧(雲水)が修業を積んでいる。
修業の内容は、朝は三時半に起床し、座禅、掃除、読経、食事、写経などの厳しく規則正しい修行の毎日が続く。食事や入浴にも細かい規則があり、日常生活のすべてが修業の場とされている。

朝食は抜き、昼食はパソコンに向かいつつサンドイッチを食べ、夜は2時3時まで仕事をしているという不規則な生活をし、過多の情報に埋もれてアップアップしているわが身からすると、説明を聞いていると全く別世界の話という気がしてくる。

修業僧は雲水(雲が流れ水が流れるごとく仏法を修業するの意)と呼ばれる。今の若い人々が、何故このような世間から隔離された中で、自ら厳しい修業の道を選ぶのか不思議に思ったのだが、多くの雲水は、全国の各寺の跡取りの青年が修業に来ているとのことである。

ただ、その中にも、禅に興味のある人とか、社会生活に疑問を持った学生なども混ざっている。そのような人々の一人で、サラリーマンの身で1年間永平寺にて修業を積んだ人の体験記が出版されており中々興味深く読んだ。(“食う寝る座る 永平寺修業記” 野々村馨 著)

「殴られ蹴られ徹底的に叩きのめされるたびに、模造真珠の表面が剥がれ落ちるように気分が楽になった。今までは、傷つくまい、壊れまいと、模造の上っ面を必死にとりつくろってきた。しかし、剥がれるもが剥がれ落ち、取りつくろうものがなくなってしまうと、そこに剥きだしにされ残されたものが、まぎれもない自分自身だった。」
「うむを言わせずに身も心もがんじがらめに型にはめてしまうことによって、すべての執着を捨てさせるのである。」

我々のイメージする禅の修業とはちょっと異なり、そこでは暴力的な厳しい集団生活を通して、理性を剥奪して、動物としての本源的なものを思いおこさせる修業が行われている。こうして執着心と理性を取り除いた上で、瞑想や座禅に入る。その壮絶なる厳しい修業の実態には驚いてしまった。

観光客として永平寺を訪れても、こうした雲水たちの修業の実情やその人間関係は、一般の人には全く知るよしもないであろう。
私の実家の近くの鎌倉でも、円覚寺とか建長寺で、一般の人々に対して座禅会が催されている。永平寺でも同じく一般への座禅会の案内があった。しかしながら、座禅を行い講和を聞き薬石(夕食)を食しただけでは、この過酷なる雲水たちの修業は想像もつかないに違いない。

こうした厳しい壮絶なる修業を経たのちに、若い雲水たちは、各地の寺に戻り、寺の住職として生きていくのだなあと知って、ちょっと感動的でもあった。

これらのことを知ってから、永平寺を訪れて、修業中の雲水たちの姿を見れば、少し別の感慨が沸いてきたたに違いないと思った次第である。


# by sakuraimac | 2012-02-25 17:46 | 旅行 | Trackback | Comments(2)

ディズニーとABC

最近、ディズニーランドに関する本をよく書店で目にする。ディズニーランドといえば誰もが感動する最高のエンターテイメントランドであると同時に、その企業運営についても超優良企業としての評価が高い。

世界では、ロスアンゼルス郊外の本拠地、フロリダのディズニーワールド、パリ、香港、そして東京ディズニーランドと5 箇所に展開されており、上海には現在6 番目のディズニーランドが建設中である。

私が初めてディズニーランドを訪れたのは、もう30年前の1981年の米国留学中のことであったが、そのときの感動というものは今でも忘れがたい思い出として、鮮明に記憶に残っている。
帰国後、東京ディズニーランドが開園され、家族とともに何度も通ったが、その東京ディズニーランドの起源を知って驚いたことがある。

オリエンタルランドが、浦安の漁民を説得して埋め立て工事を始めたのが、何とロスアンゼルスのディズニーランドが開かれてからわずか6年後の1961年であったという。
海のものとも山のものとも分からない遊園地への資金提供は、どこの銀行からも断わられてオリエンタルランドは資金難に陥る。それを救ったのは、当時の興銀の菅谷副頭取であり、ディズニーランドを将来性ある「こころの産業」と呼んで、1000 億円の協調融資団を結成する決断をする。
その先見性と英断にはただ感心するばかりである。

開園まではその後も紆余曲折があったそうであるが、東京ディズニーランドは今や、年間入場者数2500万人、売り上げ3600億円、経常利益530億円という超優良レジャー産業となっている。
その徹底した顧客サービス、優れた従業員の教育は皆の注目するところとなり、ディズニーを称賛する本が書店に並ぶまでに至ったわけである。

ところで、ディズニーランドを経営する母体のディズニーグループは現在は売上3 兆円を超える総合メディア企業となっている。
売り上げの46 %を占めているのは、ABCなどのテレビ局を傘下に置くメディア・ネットワーク部門である。次が、ディズニーランドを運営するパーク&リゾート部門の29 %、映画を作製するスタジオ・エンターティメント部門が16 %という割合である。

大変興味深いのは、日本では斜陽産業とさえ呼ばれているテレビ放送事業が、超優良企業のディズニーにおいて最大の利益を上げていることである。
その大きな理由は、テレビ映像の利益を広告収入に頼るのみではなく、有料インターネット配信などの配信収入によるというビジネスモデルを推進し、それが成功しているからである。

例えば、日本の放送局が躊躇する、放送済の番組のインターネット配信をいち早く始めたのも、ディズニー傘下のABC である。当初はABC 社内でもテレビの視聴率が下がるとの反対の声があったのだが、結果は逆であり放送の視聴率はむしろ上がったという。
「テレビは今なおエキサイティングなメディアだ。画面の大型化が進みますます面白くなった。ネットがそのよさを気づかせてくれた。」とABC の幹部は語っている。

ディズニーの経営状況の現実と、このABC 幹部の発言は、日本の放送業界やテレビメーカーにとって非常に示唆に富んだもので、大いに学ぶべきものではないかと思われる。
「放送事業斜陽説」 「テレビ凋落説」 を声高に唱えるマスコミや識者も、少しはこうした海外の事情を勉強してから記事を書いてほしいものである。


<余談>この絶好調のディズニー傘下のABC を率いているのが、美人すぎる社長として有名なアン・スウィニー(Anne Sweeney)氏である。ハリウッド ・ リポーター誌が発表した 「エンターテインメント業界で最も影響力ある女性100人」 において、アン ・スウィーニー社長は2年連続で首位に輝いた。名実ともに米国の最も有能な女性経営者のひとりである。



# by sakuraimac | 2012-02-20 08:27 | 社会・仕事 | Trackback | Comments(0)

ブログのアクセス数2

先週は、このブログへのアクセス数が何故かとても多かったのでご報告しておきたい。下記の数字は訪問者数で( )はアクセス回数である。

2/12(日) 115(209)件、2/13(月) 83(128)件、2/14(火) 102(135)件、2/15(水) 86(117)件、2/16(木) 86(117) 件、2/17(金) 49(73)件、2/18(土) 80(136)件で、週間での1日の平均訪問者数は、85.86 人であり過去最高の数字となった。

主に学内だけであると思うのだが、これだけの方々に見ていただけるとは、本当に嬉しく感謝の限りである。

本ブログは公開のものなので、他へのリンクを貼るのはご自由です。コメント書き込みとともに、他への紹介もぜひよろしくお願い申し上げます。


# by sakuraimac | 2012-02-19 22:09 | Trackback | Comments(0)

秋入学制度とグローバル化2

東京大学が先月発表した、5年後をめどに全学部で秋入学制度を実施するというアナウンスは、マスコミにも大きく取り上げられて話題となっている。
NHKが行ったアンケート調査によると、全国の国立大学で秋入学の検討をすると答えた大学は、37%に上がったという。

http://www3.nhk.or.jp/news/web_tokushu/0201.html

秋入学制度そのものの是非の議論については、以前にもこのブログで書いたので、そちらを参照いただければと思う。

http://sakuraimac.exblog.jp/14773198/

この東大の極めて前向きな制度改革提案に対して、各企業と大学がどう反応するかということは、それぞれ個別の企業と大学の姿勢と将来性を見極める上で、極めて大きな判断材料になると思われるので、私は注目して眺めている。
各大学の反応は、上記のWeb サイトをご覧いただくとして、以下に企業の反応で気がついたところを拾ってみたい。

「日本貿易会」 会長は、多くの企業が行っている春の一括採用の見直しに向けて、今後、経済団体と連携して提言をまとめていきたいという考えを明らかにした。やはり、一番グローバル化に直面している貿易企業は反応が非常に敏感である。

特筆すべきは、ユニクロで海外展開を積極的に行っているファーストリテイリングの、国籍を問わず通年採用するという宣言である。柳井正会長は 「世界の企業が通年で採用を行っているのに、日本企業だけが足並みをそろえて採用を行っているのはおかしい。就職を希望する学生が自由に就職活動を行い、企業側も自由に採用できるようにするべきだ。」 と語っている。(ちなみに、私は、柳井正氏は経営者として非常に先見性のある優れた方だと思っている。)

今朝のテレビに出ていた、(株)ユーシンの社長の 「海外留学経験者を積極的に取りたい。通年採用も検討している。」 との話も非常に印象に残った。

制度改革には必ず正の面と負の面がある。人はそれぞれの自分の立場によってどちらかを強調する。その議論に一々付き合う必要はないであろう。(事の本質を全く解説せずに、両方並べて単に番号を付けて表にするようなマスコミ解説なども、まじめに見る必要は全くないと思う。)

私は、これから就活に臨む学生諸君にひとつ提案をしてみたい。面接の最後に、何か質問はありませんかと聞かれたら、「東大の秋入学制度をどう評価しますか。」 と企業担当者に聞いてみてほしい。もし後ろ向きかあるいは明確な回答が得られないようであったら、その会社は10 年後には存続しているかどうか疑問を持っておいたほうがよいかもしれない。
(ただし、質問をする以上は 「学生のあなたはどう思うのですか?」 という逆襲への回答を用意しておかねばならないという注意は必要であるが。)

# by sakuraimac | 2012-02-18 11:25 | 教育 | Trackback | Comments(0)

就職担当3

就職担当になってから、日本の停滞した現状と見えない将来について、色々な識者や企業担当者と語る機会が増えてきた。今の時点で私が特に強く感じていることは、日本の人材の流動性と新規産業の創出の2 点である。

(1)人材の流動性について:
これは、日本の伝統である、「就職と就社」 の違いが大きくその障害になっているようだ。就職とは呼ぶが、実態は職につくのではなく会社に所属する就社であるという事情は昔と全く変わっていない。会社に属しその会社の文化のなかで通用するスキルを身につけることになるので、会社が変わるとそのスキルが通用しなくなってしまう。
米国の会社は、Job description が明確であり、ある職種のスキルは他社に移動してもそのまま通用する。しかし、日本の多くの会社は、いわゆる阿吽の呼吸で企業文化を吸収し、その中で明確には定義されない仕事を周囲の期待に沿って実行する。したがって、Job のスキルが、会社を移動すると通じなくなってしまうのである。
最近のIT 企業の間では、若い層の転職の機会もかなり増えてきたようだが、大企業においては、その兆候はほとんど見られない。この結果、移動の機会のない有能な人材は大企業の中で腐ってしまう例がかなり多くなってきているように感じられる。
一方では、優秀な技術を持ち財務も優良な中小企業は、学生の大企業志向のもとで、有能な人材を得にくく伸び悩んでいる。とくに、イノベーションが求められるベンチャー企業が、日本において全く成功しない一番の大きな原因は、人材を獲得できないという点にあるのではないかと思われる。

(2)新規産業の創出:
国をあげてベンチャー企業の支援をしていこうという試みがなされてきたが、ほとんど成功していない。これは、ベンチャーを育てる風土と資金がない、大企業の協力が全く無いという課題もあるが、一番大きな問題は人材が集められないという点に集約されるのではないかと思われる。
人材の流動性の無い社会では、一度失敗したら、もう他に行く先は無くなってしまう。それでは、人生のリスクがあまりに大きすぎて、ベンチャーに行こうと思う人はいないであろう。
その結果、人材は有名大企業ばかりに集中する。それでも、昔はよかったのかもしれないが、不幸なことに、活力の落ちて来た現在の日本の大企業は、その有能な人材を決してうまく有効活用できていないように見える。これでは、日本全体の活力は落ちるばかりである。

このことは、日本固有の文化の問題なので中々うまい解が見えてこない。坂村建氏は、「イノベーションは、ある種の社会の不安定さが必要である。米国は常にそうした状況があるが、日本は常に安定を求める。」と述べている。もう少し、日本にも社会の不安定感が増せば、何か解決策が出てくるのであろうか?(ただし、日本では不安定感はより逆の方向に作用するかもしれない・・・)

大学の教員として何ができるのだろうかと考えたとき、学生へ社会の変化を伝え、もはや大企業はこれからの身分を保障してくれる存在ではないことを説明し、これから有望そうな中小企業、ベンチャー企業を積極的に紹介してやることではないかと思っている。
そのためには、特に就職担当は、各企業の経営状況・財務内容と、事業の将来性についてよく調べ判断していく必要がある。その情報を学生に伝え、リスク回避の手伝いをしてやる義務があるのではないかと、最近は感じ始めている。

なお、中小企業のほうが大企業よりリスクが高いのは確率的には事実である。一般論として 「中小企業のほうがよい。」 とは私は言うつもりはない。しかし、世の中の様子は従来とは確実に変わってきているのも事実である。十分な情報の元に賢く選択すれば、個人の将来にとってプラスになるのは間違いないであろうし、日本の未来にも大いに役に立つのではないかと強く思うこの頃である。
# by sakuraimac | 2012-02-15 22:04 | 教育 | Trackback | Comments(0)

菅井まどか

菅井円加(まどか)さんが2月4日のローザンヌ国際バレエコンクールで、若干高校2年生で優勝したことが、連日、マスコミをにぎわしている。英国のバーミンガムロイヤルバレエ団で長らく最高位プリンシパルを務めた吉田都さんが、審査員として参加していたが、菅井円加さんの舞踊家としての潜在能力を非常に高く評価していた。(審査も全員一致で決まったとのこと。) ロザンヌ国際バレエコンクールは若手登用においては最も権威のあるコンクールとのことである。

暗い話題の多いなかで、こうした若い人の活躍を聞くと、日本人として本当に嬉しい思いがする。バレエは西欧の舞踊である。体格的にも文化的素養の点においても、不利な条件であるはずの日本人が、吉田都さん、菅井円加さんと2人続けて、世界のトップに立ったということは、本当に信じられないことで、日本国民を勇気付けてくれる快挙である。

バレエは、若い頃はよく見にいったのだが、最近はごぶさたしている。制約された中での肉体美の極限を目指す姿には、ある種のストイックささえ感ずる。一方では、優れたオーケストラ音楽と華麗な衣装と舞台装置、エンターテイメントとしての要素も十二分に揃っている。非常に質の高い総合芸術だと私は思う。

昔、感動した、「白鳥の湖」とか「くるみ割り人形」など、機会があれば、また、ぜひ見にいきたいと思っている。ただし菅井円加さんの入場チケットはこれだけ注目を浴びてしまうと入手が困難になりそうであるが。

# by sakuraimac | 2012-02-12 00:16 | 娯楽・趣味 | Trackback | Comments(0)

テレビの未来

先週の日経新聞に、「電機産業興亡の岐路」と題する記事が掲載されていた。かつては超優良企業であった、ソニー、パナソニック、シャープが軒並み 2000億円以上の赤字を計上。パナソニックに至っては、8 兆円の売上に対して何と 7800億円というとてつもない赤字額である。
週刊東洋経済では「落日のパナソニック」、週刊ダイヤモンドでは「さよなら伝説のソニー」との特集号が出版され、家電メーカーはさんざんの扱いである。企業格付け会社のムーディーズにソニーとパナソニックが格下げされたとの記事も記憶に新しい。

これらの企業収益の足を引っ張る最大の要因がテレビ事業の大赤字であるというのは、長年テレビの研究開発にたずさわってきた者としては心が痛む思いである。テレビが家電メーカー没落の最大の戦犯のごとくマスコミで扱われる日々であるが、ちょっと待ってほしいと言いたいところである。

家電製品というものは、ある程度の普及の線を越えると価格が暴落するというのは、過去何度も繰り返してきたことである。今回は特に、地デジ特需の反動と韓国メーカーの台頭という条件が重なったため非常に大きく目立ってしまったが、コモデティ(特徴のない)化した商品の価格は暴落する、というのは情報家電業界の常識であったはずである。

テレビという商品が、実に 50 年に渡って、家電の首位の座を占め続けてきたのは、そこに絶え間ない技術革新を注入して、コモデティ化と戦い、それが成功してきたからである。
ソニーの失敗は、技術革新をなおざりにして、量を追うという最もソニーらしからぬ最悪の戦略を取ったためである。誰が見ても単純明快なことであり、膨大な赤字の累積と未来が全く見えない結果は当然の帰結と言える。
パナソニックの場合は、もう少し別の要因があるが、液晶に対して勝負のあったプラズマにこだわり続けたことと、やはり技術革新への取り組みが足りなかったのではないかと言うことができる。

では、テレビにおける技術革新はもうないのか?と問われれば、全くそんなことはない。韓国のサムソンやLG の有機EL パネルを見れば、誰もが納得するであろう。また、東芝やシャープが追求している次世代の高精細テレビは、まだまだ、テレビのコモデティ化を防ぐ大きな力を秘めている。それは、NHK が開発しているスーパーハイビジョンへと将来的にはつながっていく。話題となっているスマートTV もそのひとつである。(ただしスマートTV は製造メーカーの収益に貢献するかどうかは未知数であるが・・・)。

「テレビの凋落」 というマスコミの論調に対抗し、日本の家電メーカーを勇気付けるべく、「テレビの未来」 というシンポジウムを、CEATEC(ITエレクトロニクス展示会)の場において学会と共催して開催していくことを、ただ今計画中である。詳細が決まったら、ぜひここでまたご報告したいと思う。

# by sakuraimac | 2012-02-11 17:28 | 社会・仕事 | Trackback | Comments(0)

山田宰氏講演会報告2

2月3日(金)に、電子情報通信学会東京支部の主催にて、山田宰氏による講演会 「デジタルTV放送方式の研究開発と海外展開/研究開発マネジメントと技術立国日本への提言」 が東京にて開催された。内容は、昨年12月2日に名古屋で開催されたものとほぼ同じなので、ここでは省略するが、興味のある方は下記を参照されたい。

http://sakuraimac.exblog.jp/15051174/

http://sakuraimac.exblog.jp/14974011/

メーカ、放送局、総務省などから144名の方々が参加され、盛況に行われた。集計された聴講者の感想として、このような話はもっと世に知られてもよいのではないかというものが多かった。これは、情報通信の分野おける日本の一大快挙であり、私も全く同じ思いである。特に、NHKにはぜひこのことを取材・放映してもらいたい。視聴料を支払っている一視聴者としても、特に強く願う次第である。


# by sakuraimac | 2012-02-10 22:57 | 科学技術 | Trackback | Comments(0)

雪の結晶

ここ2,3日、全国的に雪が降って、ここ名古屋でも数センチばかりの雪が道路に積もっていた。名古屋に来て 5 年になるが、こんなに積もった雪を見るのは初めての経験である。
私の故郷は札幌なので、雪は特にめずらしいものでもない。ただ、雪を見るとちょっとワクワクしてしまうところがある。以前に飼っていた犬も、雪を見ると興奮してすごく喜んでいた。犬には太古の昔の記憶が遺伝子に残っているのだろうか。

雪の研究というと、北海道大学の中谷宇吉郎先生の研究が有名である。雪をよく観察すると、実に美しい様々な六角形の結晶が形成されている。小学生時代に、寒い野外で雪が解けないように注意しながら拡大鏡で眺めた雪の結晶の美しさに感動した覚えがある。何故、こんなに様々な美しい六角形が出来るのかとずっと不思議に思っていたのだが、この年になって、Web で調べてみたら、下記の解説があった。雪の結晶は、水の分子構造に由来しているとのことである。

http://www.an.shimadzu.co.jp/support/science/020112/020112a.htm

何か、神秘的な力学的な理由がそこにあるに違いないと思っていたのだが、分子構造に基づくという実に単純な理由であることが分かり少し意外であった。雪の結晶が六角形になるというのは、偶然の結果であったようである。理由が単純なゆえに、そこには無限の種類の造形美が形成されていくのであろう。
しかしながら、微視的な理由で出来上がった構造が、全体的にきれいな対称形になっているのは何故なのか大変不思議に思える。そこに、何か全体的な力が働いていなくては、このような完璧な対称性というものは実現されないのではないだろうか。よく考えると非常に大きな謎である。もっとよく調べてみたいと思っている。

ところで、雪の結晶の六角形は偶然であったようであるが、我々の回りで見られる六角形(hexagon)の構造は、きちんとした理由 (数学的必然性) があるようだ。ハチの巣、サッカーのゴールネット、そして産業界で広く用いられている、いわゆるハニカム構造。これらは、「平面をすき間なく埋め尽くす図形の中で最も外周の小さな図形は正六角形である。」という数学的事実によって説明することができる。これは、紙で円柱をたくさん作りこれを束ねて外側から押しつぶすと自動的に六角注となるという実験でも確認できる。
ハニカム構造は、これを利用して、材料をハチの巣状にくり抜いて、強度を減らさずに軽量化を図ったものであり、航空機などでは広く使われている。また、建築材料としても最近は応用されている。デジカメのCCD素子にもハニカム構造が使われている。
また、サッカーのゴールネットも、自由に大きく拡がるという理由から、2000年以降からはハニカム構造が使用されているとの話である。

雪の話から、ハニカム(ミツハチの巣)の話に飛んでしまったが、長年気にかかっていた六角形のことを、今週末の大雪を機会に、ちょっと調べてみたので、ここに書いてみた次第である。


# by sakuraimac | 2012-02-04 16:47 | 科学技術 | Trackback | Comments(2)

小笠原泰先生のリーダーシップ特論

昨年の10/23 にNHKで放送された白熱教室JAPN において、明治大学の小笠原泰先生が、日本と欧米のリーダーシップについて大変興味深い講義をされていた。 海外でのビジネスのご経験を背景にした、面白いお話の数々と、学生への上手な語りかけに、感心して番組に見入ってしまった。この講義に魅せられた私は、その後、明治大学の広報部にコンタクトして、小笠原先生に本学での講演をお願いしてみた。小笠原先生は、その著書の一部が、センター入試の国語の問題文に引用されているような有名な方なので、ちょっと無理かなと思っていたのだが、予想外にもすぐにご快諾をいただくことができた。その結果、本学の大学院学生向けの人気講座 「リーダーシップ特論」において、1/25 と2/1 の2回の特別講義が実現した次第である。

小笠原先生の講義の趣旨は、海外と共同してビジネスを行う場合に、まず日本人としての自己の特殊性を認識し、欧米の文化との違いをしっかり理解した上で、グローバルに考える必要があるというものである。さらには、欧米と日本の企業統治の違いを明確にして、欧米と日本のリーダーシップの違いの本質にせまる。大変刺激的で新鮮な内容であり、これからの国際化時代を生き抜いていかねばならない学生たちにとって、非常に有益なお話だったと思う。

ここで、2 回に渡る総計6 時間の講義の概略を、紹介してみたい。

[1]自己構造と言語
① 外国人との間の「差異の認識と共通性の模索」が重要である。
② 差異の認識には、自己の文化(日本的・日本型)を理解することが必要である。
③ 日本の自己構造は、欧米の絶対的自我に比べ、相対的自我である。(相手や状況によって、様々な一人称の呼び方がある。英語では I のみである。)
④ 場をはずす( KY )というものを、欧米人は、peer pressure と呼んで嫌う。空気によって自分の意見を変えることは決してしない。
⑤ これらは、日本語というあいまいな言語によく現れている。言語が先か、文化が先かは判別がつかないのであるが。

[2]思考メカニズムと組織の関わり
① 相対的自己構造においては、自己の機能より集団内での相対的位置が優先される。
② 組織に属する意識は、欧米では参加であり、日本では帰属である。参加は組織解散が前提であり、帰属は組織存続が前提である。
③ 欧米の会社は目的が終了すれば解散する。一方、日本の企業は目的を変えても生き残ろうとする。この結果、業態を変えた老舗企業が多くなる。
④ 仕事を遂行する上では、参加前提の欧米ではポジション(機能)であり、帰属前提の日本では役割(人)が前提となる。
⑤ 機能を前提とすると、Job Description (職務記述書)すなわちマニュアルが必要不可欠となる。一方、役割主体の日本の企業では、マニュアル化は極めて難しい。

[3]組織の基本原理とリーダーシップ
① 欧米は個の主体性を前提とし再現性を重視する設計的で硬い社会である(モノの世界)。日本は思いの共有化を基礎としプロセスを重視する柔らかい社会である(ことの世界)
② 米国社会での行動規範としては、「友好的」、「正直」、「衝突・摩擦の回避」があげられる。友好的なのは多民族国家なので敵意がないことをまず示すことが重要だからである。正直ということはウソをつかないということで、すべてを明らかにするということではないことに注意が必要。摩擦回避は特に米国人が尊重することである。
③ 米国では、自己の意見・見解を持つことが重要。それがよいか悪いかは二義的である。逆に日本では、意見の有無ではなくその善し悪しが重要となる。その結果、ディベートが成り立たない。
④ 欧米では、リーダーとは権力( Power )を有する者である。日本では、権威とコントロールを分離する。この分離は組織の各階層において入れ子構造になっている。したがってトップダウンというものが成り立たない。
⑤ 権威とコントロールが分離される理由は、既存の役割構造を維持し急激な構造変化を避けるためである。結果として、環境変化への対応は欧米では抜本的な制度変更、日本ではゆるい制度における運用での対応ということになる。
⑥ 日本型組織におけるスキルとは組織固有の運用スキルとなる。したがって、会社が変わると応用が効かない。すなわち転職ができない社会となっている。
⑦ 得意とするのは、米国では意思決定、日本ではインプリメンテーションとなる。この結果、不確実性の高い時には米国は強みを示し、不確実性が低い場合には日本が強みを発揮する。
⑧ 日本人としてグローバルに活動するためには、ローカルなアイデンティを認識し、次にローバルに思考し、グローバルな状況を理解し、最後にはローカルに行動するということが求められる。

上記の文字の羅列では全く伝わらないが、小笠原先生のお話は随所に色々な実例や先生の面白い個人感想が散りばめられており、また、常に学生の意見を求めてマイクを向けるという、大変、刺激的な授業でもある。今後も毎年来ていただけることになっており、さらには、他の面白いお話をしてくれそうな講師も紹介していただけるとのことで、次年度からは、さらにこの「リーダーシップ特論」が充実したものになっていくことが期待される。

理系の学生は、こういう文系の優れた方のお話を聞く機会が非常に少ない。こういう貴重な機会は、学生職君にはぜひ有効に活用してもらいたいと思う。この講義自体はオープンなので、履修登録していなくとも、学部生でも興味のある方は、ぜひ聴講していただきたいと思う。





# by sakuraimac | 2012-02-02 18:15 | 教育 | Trackback | Comments(0)
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名古屋にある某大学の教員のつれづれ随想録です。 (2011/6に開始しました。)


by sakuraimac

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