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与謝野晶子 |
at 2017-09-11 13:54 |
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2017年 02月 21日
2017年2月10日に、BPO(放送倫理・番組向上機構)は、NHKが2014年7月27日に放送したNHKスペシャルのSTAP細胞に関する番組が、小保方氏への名誉棄損の人権侵害が認められるとの勧告を公表した。 http://www.bpo.gr.jp/?p=8946&meta_key=2016
ポイントは以下のとおりである。① 小保方氏がES細胞を不正に入手しSTAP細胞を作製したという疑惑を適示したが、これについては真実性・相当性が認められず、名誉棄損の人権侵害が認められる。② ホテルのロビーでの取材に関しては、放送倫理上の問題があった。 そして最後に以下のようにNHKの責任を結論付けている。「申立人が世間の注目を集めていたという点に引きずられ、科学的な真実の追求にとどまらず、申立人を不正の犯人として追及するというような姿勢があったのではないか。本決定を真摯に受け止めた上で、加熱した報道がなされる事例における取材・報道のあり方について局内で検討し、再発防止に努めるよう勧告する。」
STAP細胞騒動は、2014年1月29日 の理研の報道発表から始まり、同年12月26日の理研の調査結果報告でほぼ終幕する。私自身も当時は強い関心を持って見守っていたので、この機会に整理方々ちょっと振り返ってみたい。 1月29日に行われた理研の報道発表の資料は以下に残っている。 http://www.riken.jp/~/media/riken/pr/topics/2014/20140702_1/140702_1_1_jp.pdf
ここでは、万能細胞であるSTAP細胞の発見とその多方面への将来性について高らかにうたっており、iPS細胞よりも優れたものと示唆する表現がある。その内容には今さらながら驚く。ここまでセンセーショナルな報道発表を国内屈指の理化学研究所が行えば、マスコミが飛びつくのは当然である。しかもiPS細胞よりも優れた可能性があるというのならノーベル賞級の仕事ではと大きく期待されてもおかしくはない。この過大広告がすべての騒動の発端だったといえる。しかも、その仕事を行った若い女性研究者である小保方晴子氏の割烹着姿まで披露されたのだから、報道は一層加熱した。 一方では、常識をくつがえす画期的なSTAP細胞に疑問を持った専門家も多かった。報道直後から始まる論文の不備の指摘の早さもその疑問の大きさを物語っている。その後も不正・捏造の疑惑が報道され続け論文の信憑性が大きくゆらぎ、理研は3月31日に研究不正があったとの調査報告を発表する。それと同時に、研究不正再発防止のための改革委員会が設置されて、6月12日に岸輝夫委員長より報告書が出される。 http://www3.riken.jp/stap/j/d7document15.pdf
この報告書では、理研のマネジメントとガバナンスの不備を厳しく指摘しており、特に、研究と報道発表の責任者であった笹井氏の責任を大きくとりあげている。その後もこの分野の研究者の集まりである分子生物学会の大隅典子理事長の7月4日の声明文、日本学術会議の大西隆会長の7月25日の声明発表が続く。これら読むと、この分野の研究者の大半はSTAP細胞の存在を全く信じていないことが読み取れる。また、理研の不適切な記者発表や過剰な報道誘致が騒ぎの原因だったことが指摘されている。
http://www.mbsj.jp/admins/statement/20140704_seimei.pdf http://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/pdf/kohyo-22-kanji-1.pdf 一方では、STAP細胞は実はES細胞だったのではないかとの疑惑が深まる。若山氏がキメラマウスを作るために譲り受けた小保方氏作成のSTAP細胞は実はES細胞が混入したのではなかったのかというものである。この話に、NHKが飛びついて、上記のNHKスペシャルを作成するに至ったのだと思われる。招いた専門家もすべてSTAP批判派であり、そこで窃盗疑惑があったとしてその犯人を暗に小保方氏に特定するという、NHKとは思えぬ軽率で不当な番組制作姿勢が、上述の人権侵害の認定へとつながったのだろう。なお、人権侵害はNHKに限ったものではなく、他のマスコミの記事の加熱にも目に余るものがあった。その情報源であっただろうと思われる該当分野の科学者たちの、小保方氏への敵意と憎悪に近い感情は何だったのだろうと今思い返しても部外者にはよく理解ができない。 8月5日に、CDB笹井芳樹副センター長が突然自殺をする。原因は色々推測されてはいるが、上記の岸輝夫氏の改革委員会の厳しい指摘と、それに続く分子生物学会と学術会議の批判が大きく影響したのは間違いない。 疑問が残るのは、共同研究者である若山氏の行動である。若山氏は山梨大に移ってからは、STAP細胞の再現性に苦慮しており、疑惑が言われだしてからは早々に論文撤回の呼びかけを行っている。かなり早い時期から、自分が行ってきた実験に疑問を感じていた様子がうかがえる。ならば、1月29日の報道発表前に笹井氏に自分の疑問を提示し、共同研究者として、過大な報道発表の自粛を主張できなかったのだろうかと素朴な疑問がわく。さらには6月16日には小保方氏に責任を押し付けるかのような単独会見を行っており、7月22日にそれを訂正をするという迷走をしている。また、理研では若山研としてポスドクの小保方氏を指導する立場にあった。少なくともその責任は問われるべきである。 若山氏への疑問は置いておくにしても、これだけの大きな研究成果を発表・公開するにあたり、共著者の笹井・若山・小保方の三者の間の意思疎通があまりに少なすぎたのではないかという印象を強く受ける。 2014年12月26日には、理研から、最終の調査結果が発表される(桂調査委員会報告)。 http://www.riken.jp/pr/topics/2014/20141226_1/
その趣旨は「STAP幹細胞とFI幹細胞はES細胞に由来する。キメラマウスとテラトーマもその可能性が非常に高い。故意か過失か、誰が行ったかは、決定できない。」すなわち、STAP細胞はES細胞であった可能性が非常に高い、と結論付けている。この報告によって、STAP細胞というものは結局は無かったらしいと世間は納得して、騒動も収まった。ただ、2つの論文がもたらした影響は大きかった。理研は深い傷を負い、笹井氏は自死に追い込まれ、小保方氏は大きなバッシングを受け職を追われ学位を失う。 なお、その後も、小保方氏は2016/1/29に「あの日」を出版してSTAP細胞の存在を主張し、2016/3/25にはSTAP細胞の作成サイト「STAP HOPE PAGE」を立ち上げている。もし、小保方氏にSTAP細胞は間違いだったとの疑念なり認識が少しでもあれば、ここまでの行動を起こすとは常識では考えにくい。小保方氏の研究者としての能力を評価する声もあるし、マスコミおよび科学界から受けたひどいバッシングには同情せざるを得ない。 STAP細胞はあり得ないという専門家は多いようだが、シロウトとしては夢のようなSTAP現象が再現されることを期待したいという思いは捨てきれない。
<追記>STAP細胞騒動の中で、やはり一番の問題は最初の報道発表だったと思われる。当時の分子生物学会の中山敬一副理事長は、生命医学分野の論文は70%が再現が不可能だというデータがあると書いている。 http://sakuraimac.exblog.jp/20698523/
もし、あのような誇大報道発表が無ければ、STAP論文は再現できない論文のひとつということで忘れ去られるのみで、騒動も起こらず犠牲者も出なかったであろう。STAP細胞事件で一番強く印象に残るのは、夢のような最初の報道発表原稿と、痛ましい笹井氏の自死である。目立ったのは小保方氏への理不尽なバッシングだったが、最も厳しく逃げ場の無い責任追及を受けたのは笹井氏だったのではないかと私には思える。
by sakuraimac
| 2017-02-21 11:55
| 科学技術
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