バッハとモーツァルト |
クラシック音楽で、最も優れた作曲家を二人選べと言われれば、私見ではあるが、バッハとモーツァルトではないかと思っている。ところが、音楽の専門家で、バッハとモーツァルトは嫌いだという人がいるのでびっくりした思い出がある。
まず指揮者で音楽評論家の宇野功芳氏であるが、彼は著書[1]の中で「バッハは、マタイ受難曲以外は共感を覚えない。中でもクラヴィーアのための作品はお呼びでない。大体バッハは暗い。ソロ楽器が色々変化するブランデンブルグ協奏曲だけは例外だ。」と述べている。この言葉には心底驚いた。
マタイ受難曲とブランデンブルグ協奏曲を肯定しているのは当然としても、無伴奏バイオリンソナタ、無伴奏チェロ組曲、管弦楽組曲2,3番、トッカータとフーガはどうしてくれるのだ?さらには平均律クラヴィーア曲集がお呼びでないとは何ということか??
次は著名なピアニストのグレン・グールド。彼はバッハのゴールドベルグ変奏曲で一躍有名になった天才ピアニストである。許光俊氏の本[2]によれば、グールドはモーツアルトが大嫌いで、その理由はオペラや劇の感覚を作品に取り込んだ、それが嫌だというのである。
これも不思議な話である。さわやかなピアノソナタ、傑作との評価の高い一連のピアノ協奏曲、静謐なクラリネット五重奏曲、それらのどこにオペラや劇の感覚があるというのだろうか?
好き嫌いは個人の自由で、他人がとやかく言うものではないかもしれないが、やはり音楽の専門家が、バッハやモーツァルトが嫌いというのは、素人からすると何とも驚きである。
演奏する人と聞くだけの人の音楽に対する感じ方は少し違うのだろうか。妹が、かなり長い間バイオリンをやっていたが、クラシック音楽を聴くという趣味はあまりなかったようだ。今はバイオリンをやめて二胡に凝っている。
一方では、村上春樹と小澤征爾の対話[3]は見事にかみ合っているので、演奏者と聞き手が異なる趣向を持っているとも限らない。
私はよい音楽の条件とは、
① 歴史の洗礼に耐えてきたもの。
② それなりの耳の訓練をされた人の多数が良いと思うもの。
と思ってきたのだが、宇野氏とグールドは見事に私の考えを打ち破ってくれた。
ただし、変人である宇野氏とグールドだから公言できたのであって、実際にはバッハとモーツァルトは好かないという演奏家は結構いるのかもしれない。音楽に詳しい人々に一度聞いてみたいものだと思っている。
[1] 宇野功芳ほか「クラシックCDの名盤」 文芸春秋社
[2] 許光俊「世界最高のピアニスト」光文社
[3] 村上春樹 「小澤征爾さんと音楽について話をする」 新潮社