2011年 08月 19日
スティーブ・ジョブス2 |
“創造性”ということを考えたとき、そこには、2つの方向性があると思う。ひとつは、誰も考えたことのない新しいものを発明・発見する場合。歴史上では、レオナルド・ダビンチとか、エジソンなどが相当するのだろう。
ノーベル賞受賞者なども、かなりの人が該当すると思われる。もうひとつは、すでにあるものを組み合せて、新しい価値を作っていく場合。これは、我々研究者・技術者の間でも日常的に広く行われていることである。
スティーブ・ジョブスの創造性は後者に属している。例えば、マッキントシュの開発においては、パソコンの父と呼ばれるアラン・ケイが働いていたゼロックス社のパロアルト研究所を見学して、大いにそのアイデアを取り入れた。特にアイコンなどのGUI (グラフィカルインターフェース)やポインティングデバイス(マウス)などは、そこからそっくり学んだものである。(ゼロックス社自身はその重要性に気付いていなかった。)また、様々な MAC のフォントは、リード大学時代に学んだカリグラフィの授業が基礎となっている。
iPod の元となる音楽プレーヤは世界中のメーカがすでに大量に作っていた。半導体メモリを使った MP3 プレーヤは台湾メーカがさかんに作っていたし、ハードディスクを搭載した音楽プレーヤを最初に世に出したのは東芝である。
iPad の元となるタブレットPC は、10年前から各PCメーカやマイクロソフト社が、次世代のPC となるだろうと予測して、研究開発に力を入れてきた。
スマートフォンとして大ヒットした iPhone は、携帯電話にPC の機能を持たせたものであるが、そのようなアイデアの製品は、すでに各社が以前から何度も試みていた。ドコモでiモードの開発を中心となって進めてきた夏野剛氏は、「アップル社は、iPhone においては、iモードを実によく研究し、手本としている。」と述べている。
アップル社の製品は、そこに未踏の新しい独創性があるわけでは決してない。技術的にはすでに存在していたものを巧みに組み合わせたにすぎないと言ってよい。しかしながら、そこに、何か新しいワクワクするようなものを感じさせ、人々を魅了してやまないものがあるのは何故なのだろうか。
スティーブ・ジョブス自身の言葉によると、「点と点をつなげること (Connecting dots)」という言い方をしている。できるだけたくさんの点(材料、経験)を持つこと、そしてそれをうまくつなげる工夫が大切、という意味なのであろうか。
私が、思い浮かべているのは、スティーブ・ジョブスの創造性は、極めて優れたシェフのそれによく似ているのではないかということである。無数にある材料の中から最上のものを選び抜き、優れた美的センスを持って極上の料理に仕上げる。客からすれば、何とも心地良く快適で美味な料理を堪能することができる、そんな感じなのではないだろうか。「心地よい快適感」というのが、スティーブ・ジョブスの創造性の重要なキーワードのひとつのような気がする。
諏訪東京理科大学の篠原菊紀教授が、iPad が脳に与える快適感を研究している。複数の学生被験者にiPadを指で操作させて、脳の活動状況を測定したところ、前頭葉底部の大きな活動が見られた。すなわち、脳が快感を感ずることを実証したという実験結果が報告されている。この指で触ったときの(さらには手で持ったとき)の快感、これは、iPod やiPhone にも共通するもののように思える。
世界中のメーカにおいて、すぐれた技術者、商品企画担当、そして工業デザイナーたちが、消費者に気に入ってもらえる製品の開発に、日夜知恵を絞っている。その中で、何故、アップル社だけが(あえて言えばスティーブ・ジョブスだけが)、人々に特別な快感を与えるものを作ることができるのであろうか。
その秘密は、彼に関する本を何冊読んでもよく分からない。私にとっては依然として謎である。結局は天才的な芸術家という言葉をもってして、凡人には理解することをあきらめるよりほかないのであろうか。
<付記>
天才の仕事といったときに、私が思いだすのは、映画の黒沢明と宮崎駿、料理人では石鍋裕である。
そこで感ずるのは細部への異様なこだわりである。客というのは、細部に至るまでの心配りに快感を覚え感動する。
それが十分条件ではないだろうが、人々に受け入れられる必要条件であることは確かなようだ。Apple 社の製品にはそれがある。細部にまで心配りがされているので、使っていて快適であり何の不満も生じない。どうして、そういうことが可能になるのか、やはり、監督・料理長が天才だからとしかいいようがない。

ノーベル賞受賞者なども、かなりの人が該当すると思われる。もうひとつは、すでにあるものを組み合せて、新しい価値を作っていく場合。これは、我々研究者・技術者の間でも日常的に広く行われていることである。
スティーブ・ジョブスの創造性は後者に属している。例えば、マッキントシュの開発においては、パソコンの父と呼ばれるアラン・ケイが働いていたゼロックス社のパロアルト研究所を見学して、大いにそのアイデアを取り入れた。特にアイコンなどのGUI (グラフィカルインターフェース)やポインティングデバイス(マウス)などは、そこからそっくり学んだものである。(ゼロックス社自身はその重要性に気付いていなかった。)また、様々な MAC のフォントは、リード大学時代に学んだカリグラフィの授業が基礎となっている。
iPod の元となる音楽プレーヤは世界中のメーカがすでに大量に作っていた。半導体メモリを使った MP3 プレーヤは台湾メーカがさかんに作っていたし、ハードディスクを搭載した音楽プレーヤを最初に世に出したのは東芝である。
iPad の元となるタブレットPC は、10年前から各PCメーカやマイクロソフト社が、次世代のPC となるだろうと予測して、研究開発に力を入れてきた。
スマートフォンとして大ヒットした iPhone は、携帯電話にPC の機能を持たせたものであるが、そのようなアイデアの製品は、すでに各社が以前から何度も試みていた。ドコモでiモードの開発を中心となって進めてきた夏野剛氏は、「アップル社は、iPhone においては、iモードを実によく研究し、手本としている。」と述べている。
アップル社の製品は、そこに未踏の新しい独創性があるわけでは決してない。技術的にはすでに存在していたものを巧みに組み合わせたにすぎないと言ってよい。しかしながら、そこに、何か新しいワクワクするようなものを感じさせ、人々を魅了してやまないものがあるのは何故なのだろうか。
スティーブ・ジョブス自身の言葉によると、「点と点をつなげること (Connecting dots)」という言い方をしている。できるだけたくさんの点(材料、経験)を持つこと、そしてそれをうまくつなげる工夫が大切、という意味なのであろうか。
私が、思い浮かべているのは、スティーブ・ジョブスの創造性は、極めて優れたシェフのそれによく似ているのではないかということである。無数にある材料の中から最上のものを選び抜き、優れた美的センスを持って極上の料理に仕上げる。客からすれば、何とも心地良く快適で美味な料理を堪能することができる、そんな感じなのではないだろうか。「心地よい快適感」というのが、スティーブ・ジョブスの創造性の重要なキーワードのひとつのような気がする。
諏訪東京理科大学の篠原菊紀教授が、iPad が脳に与える快適感を研究している。複数の学生被験者にiPadを指で操作させて、脳の活動状況を測定したところ、前頭葉底部の大きな活動が見られた。すなわち、脳が快感を感ずることを実証したという実験結果が報告されている。この指で触ったときの(さらには手で持ったとき)の快感、これは、iPod やiPhone にも共通するもののように思える。
世界中のメーカにおいて、すぐれた技術者、商品企画担当、そして工業デザイナーたちが、消費者に気に入ってもらえる製品の開発に、日夜知恵を絞っている。その中で、何故、アップル社だけが(あえて言えばスティーブ・ジョブスだけが)、人々に特別な快感を与えるものを作ることができるのであろうか。
その秘密は、彼に関する本を何冊読んでもよく分からない。私にとっては依然として謎である。結局は天才的な芸術家という言葉をもってして、凡人には理解することをあきらめるよりほかないのであろうか。
<付記>
天才の仕事といったときに、私が思いだすのは、映画の黒沢明と宮崎駿、料理人では石鍋裕である。
そこで感ずるのは細部への異様なこだわりである。客というのは、細部に至るまでの心配りに快感を覚え感動する。
それが十分条件ではないだろうが、人々に受け入れられる必要条件であることは確かなようだ。Apple 社の製品にはそれがある。細部にまで心配りがされているので、使っていて快適であり何の不満も生じない。どうして、そういうことが可能になるのか、やはり、監督・料理長が天才だからとしかいいようがない。

by sakuraimac
| 2011-08-19 17:54
| 科学技術
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Comments(4)
8/24にジョブス氏の退任が発表された。残念である。次は何が出てくるか楽しみだったのだが。
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10/5 ジョブス氏が逝去したとの報道があった。誠に残念である。ご冥福を祈りたい。
iPhone4S の予約販売が、受付開始から1日で100万台を超えたそうである。テレビでも行列がトップニュースになっていた。とにかくすごい人気である。
アエラが「ジョブスを語る100人」という特集を11/1に発行するそうだ。週刊ポストにはジョブズの講演の全訳が載っている。亡くなってからもさらに人気が増しているようだ。

