2011年 10月 08日
言うなりにならない |
1991年に織田裕二と鈴木保奈美が主演したテレビドラマに「東京ラブストーリ」というものがある。月曜日の夜に街から女性が消えたといわれたほどの人気で、小田和正の主題歌とともに大ヒットした。その原作は柴門ふみさんの漫画であった。(柴門ふみさんのご主人は「島耕作」シリーズで売れっ子の漫画家、弘兼憲史氏である。)
柴門ふみさんは、人気漫画だけではなく優れたエッセイも色々と書いていた。その中で今でも印賞に残っている言葉に次のようなものがある。「子どもの趣向で、母親の言うなりにならない部分にこそ、その道の資質があると見てよい。何の疑いも持たず押し付けられたまま平気な分野は決して伸びない。」
言うなりにならないというのは、中々含蓄のある言葉である。私も会社時代は、言うなりにならない部下の扱いにずいぶんと苦労した。しかしながら、後になってみると、言うなりならない部下の言い分の方が正しいことが多かったような気がする。
そういう自分自身も気弱な性格の割には、上司には結構さからっていたことを思いだす。言うなりにならないというのは、単に反抗しているのではなく、当人にはうまくは表現できないが心の内に確信しているものを持っている場合が多い。
しかしながら、当人にもうまく説明できないのだから、上司とか回りに理解してもらい納得させるのは極めて困難である。その結果、階層組織の中では、正しい認識や判断を持っている者が無視され、さらには敬遠され排除されてしまいがちになる。
確信を持てず、上からの言うなりになってばかりいては、決してよい仕事はできない。安易に上と周囲に妥協すると、それに比例して仕事の質はどんどん低下していき、最後は失敗する。(こうして失敗した山のような社内プロジェクトを私は見て来た。)
ただ、一方では、上司の支援や回りからの援助、および会社からの資金提供があってこそ、仕事を進めることができるという現実がある。
よい仕事をしようと思うと、この矛盾をかいくぐっていくための、綱渡り的とも言えるバランス感覚が、現場のリーダには必要とされる。中々しんどい話ではあるが、ある意味では、これは階層組織の中で生きる人間にとっての宿命なのかもしれない。
柴門ふみさんの言葉は卓見であると思うが、「言うなりにならない」という言葉を現実にあてはめて考えると、これはそう簡単には答えの出ない永遠の課題なのだろうなとも、今に至っても思うのである。
<補足>子供を育てる場合、幼小のころから親と2人3脚で努力を重ね大きく飛躍する例もあるのだから、柴門ふみさんの卓見を一般化することはできない。また、確信が持てずに迷っている子供には、親はやはり相談にのってやり道を示してやる必要があると思う。人を育てるということは、本当に難しいものだと思う。
柴門ふみさんは、人気漫画だけではなく優れたエッセイも色々と書いていた。その中で今でも印賞に残っている言葉に次のようなものがある。「子どもの趣向で、母親の言うなりにならない部分にこそ、その道の資質があると見てよい。何の疑いも持たず押し付けられたまま平気な分野は決して伸びない。」
言うなりにならないというのは、中々含蓄のある言葉である。私も会社時代は、言うなりにならない部下の扱いにずいぶんと苦労した。しかしながら、後になってみると、言うなりならない部下の言い分の方が正しいことが多かったような気がする。
そういう自分自身も気弱な性格の割には、上司には結構さからっていたことを思いだす。言うなりにならないというのは、単に反抗しているのではなく、当人にはうまくは表現できないが心の内に確信しているものを持っている場合が多い。
しかしながら、当人にもうまく説明できないのだから、上司とか回りに理解してもらい納得させるのは極めて困難である。その結果、階層組織の中では、正しい認識や判断を持っている者が無視され、さらには敬遠され排除されてしまいがちになる。
確信を持てず、上からの言うなりになってばかりいては、決してよい仕事はできない。安易に上と周囲に妥協すると、それに比例して仕事の質はどんどん低下していき、最後は失敗する。(こうして失敗した山のような社内プロジェクトを私は見て来た。)
ただ、一方では、上司の支援や回りからの援助、および会社からの資金提供があってこそ、仕事を進めることができるという現実がある。
よい仕事をしようと思うと、この矛盾をかいくぐっていくための、綱渡り的とも言えるバランス感覚が、現場のリーダには必要とされる。中々しんどい話ではあるが、ある意味では、これは階層組織の中で生きる人間にとっての宿命なのかもしれない。
柴門ふみさんの言葉は卓見であると思うが、「言うなりにならない」という言葉を現実にあてはめて考えると、これはそう簡単には答えの出ない永遠の課題なのだろうなとも、今に至っても思うのである。
<補足>子供を育てる場合、幼小のころから親と2人3脚で努力を重ね大きく飛躍する例もあるのだから、柴門ふみさんの卓見を一般化することはできない。また、確信が持てずに迷っている子供には、親はやはり相談にのってやり道を示してやる必要があると思う。人を育てるということは、本当に難しいものだと思う。
by sakuraimac
| 2011-10-08 10:29
| 仕事
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