2011年 12月 12日
安友雄一と通信カラオケ |
前のブログの最後の続きとなるが、通信カラオケの技術開発に関して、世に知られざる話をここでぜひ紹介しておきたい。
1980年、北海道大学の原子力研究室で、プラズマの研究をしていた博士課程の安友雄一という人物がいた。ある日、担当教授のもとに名古屋のブラザー工業の開発課長が、縁故をもとにたずねてきた。「何でも好きなことをやってよい。」という熱心な勧誘に、研究の事業化にも興味を持っていた安友青年は応じ、札幌から名古屋に出てくることとなる。
当時ブラザー工業は、来たる電気通信事業の自由化によるニューメディア時代のビジネスを模索していた。1983年、パソコンのアンテナショップコムロードを開く。1984年、安友は、電話回線を通じて、ソフトウェアをダウンロードする自動販売機TAKERUを開発し、1988年までには、全国に300台と事業を展開していく。
ある日、東京の企業から、MIDIで作った音楽が3000曲あるので、これをTAKERUで販売してくれないかという依頼がくる。MIDIはローランド社が開発した、音楽を楽譜データに変換する言語であり、音楽データそのものに比べるとデータ量は圧倒的に少ないので、当時の帯域のせまい電話回線でも十分に送ることができた。
このMIDI販売の商売自身はあまり成功しなかったが、ある日、安友は、これをカラオケに利用してはどうかとひらめく。早速、カラオケ市場を調べてみると、何と当時すでに4500億円もの巨大市場がそこに存在していた。期待を持ったブラザー工業は、準備を重ね、1992年に、通信カラオケ会社「エクシング」を設立し、通信カラオケ「JOYSOUND」を発表する。
ところが、販売前に思わぬ伏兵があらわれる。ゲームメーカタイトーが、電話回線を使った同じような通信カラオケを一足早く発売する。しかしながら、タイトーのシステムは、サブホストコンピュータがなかった。各店から直接、メインサーバに接続されていたため、リクエストが集中すると、サーバが対応できずに機能マヒを起こしてしまう。
安友は、TAKERUの経験からそのことは熟知しており、全国的なネットワークシステムを構築する。すでに設置されていたTAKERUに加え、全国のブラザーミシン店にサブホストコンピュータを設置していく。この結果、JOYSOUNDは待ち時間が少ないという評判が広がる。
さらに、安友は若年層にターゲットを絞り、最新の5000曲を人海戦術で2億円かけてMIDI化する。これが、若年層に非常に受けた。
また、カラオケBOX用に受信データを数十部屋に同軸ケーブルで配信するシステムや、サーバを2台用意してお互いをバックアップするシステムも導入した。1994年には、動画を実現するために、ビデオCDを導入し、タグによって該当する動画を検索し再生するシステムも開発した。
このような経緯を経て、エクシングはタイトーを圧倒し、通信カラオケのデファクトスタンダードとなる。この成功に驚いたのは、競合他社のみではなかった。ブラザー工業の首脳自身も「何故うちの会社でこんなことができるのだ」と驚いたという。時代の最先端をいく通信カラオケは、まさに安友雄一氏が一人で作りあげたものと言ってよい。
以上は、「“カラオケ秘史”、島賀陽弘道著、新潮新書 2008年刊」からの抜粋要約である。
私はその内容に大変驚くとともに、この開発ストーリが全く世に知られていないことにも驚いた。
(通信カラオケのWikipediaには載っていないし、地元のブラザー工業には学生がたくさん就職しているが、情報通信専門の先生方も誰も知らない。)
1992年といえば、パソコン通信が立ち上がり始めた頃である。1995年にWindows95が発売され、PCとインターネットが急速に普及する。それ以前に、インターネットの配信システムとよく似た通信カラオケシステムが、先行して開発され、大きな成功をおさめていたのである。
その後も、通信カラオケは進化をし続け、光回線の大容量化によって、MIDIではなく生の音楽を、さらには最近ではハイビジョン動画さえも送れるようになった。
現在は、第一興商(技術開発は(株)東芝ソルーション)のDAMが業界1位、エクシングのJOYSOUNDが2位という状況である。通信カラオケは、世の情報通信技術の先端を走ってきており、情報通信インフラの革新にはすぐに対応している。今後も、情報通信インフラの進歩に呼応してカラオケの機能がどう進化していくのか、大変、興味深く楽しみなところでもある。
しかし、これだけの技術開発が、全く世に知られていないというのは、やはり明らかにおかしい。NHKのプロジェクトX で紹介されてもよいくらいの内容である。この本の著者に、Wikipediaの通信カラオケの欄に、安友雄一氏の名をぜひ書き込むように、進言しなくてはと思っている。
1980年、北海道大学の原子力研究室で、プラズマの研究をしていた博士課程の安友雄一という人物がいた。ある日、担当教授のもとに名古屋のブラザー工業の開発課長が、縁故をもとにたずねてきた。「何でも好きなことをやってよい。」という熱心な勧誘に、研究の事業化にも興味を持っていた安友青年は応じ、札幌から名古屋に出てくることとなる。
当時ブラザー工業は、来たる電気通信事業の自由化によるニューメディア時代のビジネスを模索していた。1983年、パソコンのアンテナショップコムロードを開く。1984年、安友は、電話回線を通じて、ソフトウェアをダウンロードする自動販売機TAKERUを開発し、1988年までには、全国に300台と事業を展開していく。
ある日、東京の企業から、MIDIで作った音楽が3000曲あるので、これをTAKERUで販売してくれないかという依頼がくる。MIDIはローランド社が開発した、音楽を楽譜データに変換する言語であり、音楽データそのものに比べるとデータ量は圧倒的に少ないので、当時の帯域のせまい電話回線でも十分に送ることができた。
このMIDI販売の商売自身はあまり成功しなかったが、ある日、安友は、これをカラオケに利用してはどうかとひらめく。早速、カラオケ市場を調べてみると、何と当時すでに4500億円もの巨大市場がそこに存在していた。期待を持ったブラザー工業は、準備を重ね、1992年に、通信カラオケ会社「エクシング」を設立し、通信カラオケ「JOYSOUND」を発表する。
ところが、販売前に思わぬ伏兵があらわれる。ゲームメーカタイトーが、電話回線を使った同じような通信カラオケを一足早く発売する。しかしながら、タイトーのシステムは、サブホストコンピュータがなかった。各店から直接、メインサーバに接続されていたため、リクエストが集中すると、サーバが対応できずに機能マヒを起こしてしまう。
安友は、TAKERUの経験からそのことは熟知しており、全国的なネットワークシステムを構築する。すでに設置されていたTAKERUに加え、全国のブラザーミシン店にサブホストコンピュータを設置していく。この結果、JOYSOUNDは待ち時間が少ないという評判が広がる。
さらに、安友は若年層にターゲットを絞り、最新の5000曲を人海戦術で2億円かけてMIDI化する。これが、若年層に非常に受けた。
また、カラオケBOX用に受信データを数十部屋に同軸ケーブルで配信するシステムや、サーバを2台用意してお互いをバックアップするシステムも導入した。1994年には、動画を実現するために、ビデオCDを導入し、タグによって該当する動画を検索し再生するシステムも開発した。
このような経緯を経て、エクシングはタイトーを圧倒し、通信カラオケのデファクトスタンダードとなる。この成功に驚いたのは、競合他社のみではなかった。ブラザー工業の首脳自身も「何故うちの会社でこんなことができるのだ」と驚いたという。時代の最先端をいく通信カラオケは、まさに安友雄一氏が一人で作りあげたものと言ってよい。
以上は、「“カラオケ秘史”、島賀陽弘道著、新潮新書 2008年刊」からの抜粋要約である。
私はその内容に大変驚くとともに、この開発ストーリが全く世に知られていないことにも驚いた。
(通信カラオケのWikipediaには載っていないし、地元のブラザー工業には学生がたくさん就職しているが、情報通信専門の先生方も誰も知らない。)
1992年といえば、パソコン通信が立ち上がり始めた頃である。1995年にWindows95が発売され、PCとインターネットが急速に普及する。それ以前に、インターネットの配信システムとよく似た通信カラオケシステムが、先行して開発され、大きな成功をおさめていたのである。
その後も、通信カラオケは進化をし続け、光回線の大容量化によって、MIDIではなく生の音楽を、さらには最近ではハイビジョン動画さえも送れるようになった。
現在は、第一興商(技術開発は(株)東芝ソルーション)のDAMが業界1位、エクシングのJOYSOUNDが2位という状況である。通信カラオケは、世の情報通信技術の先端を走ってきており、情報通信インフラの革新にはすぐに対応している。今後も、情報通信インフラの進歩に呼応してカラオケの機能がどう進化していくのか、大変、興味深く楽しみなところでもある。
しかし、これだけの技術開発が、全く世に知られていないというのは、やはり明らかにおかしい。NHKのプロジェクトX で紹介されてもよいくらいの内容である。この本の著者に、Wikipediaの通信カラオケの欄に、安友雄一氏の名をぜひ書き込むように、進言しなくてはと思っている。
by sakuraimac
| 2011-12-12 23:16
| 科学技術
|
Comments(2)
1/19 の「カンブリア宮殿」で、ブラザーの紹介が行われていました。通信カラオケの開発者としての安友さんがついにテレビに出ました!
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烏賀陽(うがや)弘道 @hirougaya 4 Jun 12
@Munezo @sakumac 世界の音楽をかえた日本人は二人です。MIDIを考案したローランドの梯幾太郎さん、通信カラオケを発明した安友さん。
@Munezo @sakumac 世界の音楽をかえた日本人は二人です。MIDIを考案したローランドの梯幾太郎さん、通信カラオケを発明した安友さん。


