2012年 06月 30日
中間管理職の受難 |
かつて、 「ピーターの法則」 という本が出版されて話題となったことがある。その主な要点は、
① 階層組織においては、人間は昇進するにつれて、ついには能力の限界(無能のレベル)に達する。
② その結果、各階層はその地位で停滞した無能な人間で埋め尽くされることになる。
③ 階層組織の仕事は、まだ出世の余地のある無能レベルに達していない人間によって遂行される。
何とも皮肉で、みもふたもない言い方ではあるが、これは多くの階層組織の実状の正しい観察結果のようでもある。(もちろん、そうではない組織もあるだろうが)
ところで、無能のレベルに達したといっても、その地位にいる人は決して安穏とサボっているわけではない。当人は、ギリギリのところで必死で努力している訳なのだから、言いかえれば階層組織はストレス満載で苦しむ人々によって埋め尽くされていると言ってもよいのかもしれない。
会社生活を離れて、もう何年にもなるが、先日、北里大学の和田氏が報告した数字を目にして驚いた。和田氏の報告によると、日本の専門職・管理職の死亡率は、2000年以降70%も増加したという。特に、管理職の自殺率は、1980年から2005年の増加率は271%にもおよぶという。
http://kenko100.jp/news/2012/03/12/01
他の職種では死亡率はすべて減少しているのに、諸外国では決して見られない、この日本特有のデータは異様である。昔から、中間管理職というのは大変なものと相場が決まっていたが、管理職の死亡率・自殺率のここまでの増大というのは穏やかな話ではない。
この数字の解釈は色々あるだろうが、現代の中間管理職の困難さ・ストレスというものは、昔にくらべて格段に増加しているという証拠のひとつと言えるのではないだろうか。
事業環境の悪化、人員削減、組織のフラット化、など様々な要因があるのだろうが、基本的には、組織管理とは人間をマネジメントすることに他ならない。太古のマンモス狩りをしていた時代から、役割分担を決め、ある目的に向かって人間を動かす、すなわちマネジメントの原理というものはほとんど変わっていないと思う。
今日の、中間管理職の受難ともいうべきものは、この組織マネジメントの基本が不十分な上に、さらには、これに様々なプラスの機能が求められているからなのではないだろうか。
今年、大学の就職担当をしてみて、一番驚いたのは、理工科系の職種にもかかわらず、多くの企業が新入社員に求める条件として、技術力よりも、コミュニケーション能力、元気のよさ、チームプレー能力という言葉を前面に出していたことである。
私の常識では、それは、目前の仕事をこなす担当者に求められる能力ではなく、仕事を積み重ねて昇進して後から身につけていく、マネージャーとしての能力と思える。今の企業は、何故か組織構成員全員に対して最初からマネジメント能力を求めているように見える。
言葉を変えるなら、あまりに社内でのマネジメント能力の不足が目立つため、それが新人採用の際の条件として並んでしまっていると言ってもよいのかもしれない。
世の中がどんなに変わっても、人間に対するマネジメントの基本原理は変わらない。ということを考えると、今はやりのMOT(Management of Technoogy)教育の他に、MOH(Management of Human)の系統立った教育というものが、若い人々にとって(若くない人々にとっても?)必要なのではないかという気もしてくる。それに大学教育がかかわるべきかどうかという議論は別としても。

① 階層組織においては、人間は昇進するにつれて、ついには能力の限界(無能のレベル)に達する。
② その結果、各階層はその地位で停滞した無能な人間で埋め尽くされることになる。
③ 階層組織の仕事は、まだ出世の余地のある無能レベルに達していない人間によって遂行される。
何とも皮肉で、みもふたもない言い方ではあるが、これは多くの階層組織の実状の正しい観察結果のようでもある。(もちろん、そうではない組織もあるだろうが)
ところで、無能のレベルに達したといっても、その地位にいる人は決して安穏とサボっているわけではない。当人は、ギリギリのところで必死で努力している訳なのだから、言いかえれば階層組織はストレス満載で苦しむ人々によって埋め尽くされていると言ってもよいのかもしれない。
会社生活を離れて、もう何年にもなるが、先日、北里大学の和田氏が報告した数字を目にして驚いた。和田氏の報告によると、日本の専門職・管理職の死亡率は、2000年以降70%も増加したという。特に、管理職の自殺率は、1980年から2005年の増加率は271%にもおよぶという。
http://kenko100.jp/news/2012/03/12/01
他の職種では死亡率はすべて減少しているのに、諸外国では決して見られない、この日本特有のデータは異様である。昔から、中間管理職というのは大変なものと相場が決まっていたが、管理職の死亡率・自殺率のここまでの増大というのは穏やかな話ではない。
この数字の解釈は色々あるだろうが、現代の中間管理職の困難さ・ストレスというものは、昔にくらべて格段に増加しているという証拠のひとつと言えるのではないだろうか。
事業環境の悪化、人員削減、組織のフラット化、など様々な要因があるのだろうが、基本的には、組織管理とは人間をマネジメントすることに他ならない。太古のマンモス狩りをしていた時代から、役割分担を決め、ある目的に向かって人間を動かす、すなわちマネジメントの原理というものはほとんど変わっていないと思う。
今日の、中間管理職の受難ともいうべきものは、この組織マネジメントの基本が不十分な上に、さらには、これに様々なプラスの機能が求められているからなのではないだろうか。
今年、大学の就職担当をしてみて、一番驚いたのは、理工科系の職種にもかかわらず、多くの企業が新入社員に求める条件として、技術力よりも、コミュニケーション能力、元気のよさ、チームプレー能力という言葉を前面に出していたことである。
私の常識では、それは、目前の仕事をこなす担当者に求められる能力ではなく、仕事を積み重ねて昇進して後から身につけていく、マネージャーとしての能力と思える。今の企業は、何故か組織構成員全員に対して最初からマネジメント能力を求めているように見える。
言葉を変えるなら、あまりに社内でのマネジメント能力の不足が目立つため、それが新人採用の際の条件として並んでしまっていると言ってもよいのかもしれない。
世の中がどんなに変わっても、人間に対するマネジメントの基本原理は変わらない。ということを考えると、今はやりのMOT(Management of Technoogy)教育の他に、MOH(Management of Human)の系統立った教育というものが、若い人々にとって(若くない人々にとっても?)必要なのではないかという気もしてくる。それに大学教育がかかわるべきかどうかという議論は別としても。

by sakuraimac
| 2012-06-30 23:22
| 仕事
|
Comments(4)
小学生の子を持つ親ですが、MOHのようなテーマを扱う学習塾が増えて欲しいと思う今日この頃です。入試の為の学習方法を教えるより、よっぽど未来の日本の為になるかと思います。
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ken さん、コメントどうもありがとうございます。
実は私も、上記の文を書きながら、これは、大人になってからの問題ではなく、子供の頃からの問題ではないかと心のすみで感じていました。
昔であれば子供が集団で遊ぶことによって、自然と人間関係のノウハウを学ぶことができる。ガキ大将になれば、リーダシップが自然と育成される。あるいは、ボーイスカウトのような組織に参加すれば集団生活を通して学ぶことができる。
そうした機会が非常に減ってしまっているのが今の状況なのではないかなという気がします。MOHという言葉が適切かどうかは分かりませんが、企業がこれだけそれを求めているという状況に照らし合わせると、MOH塾なるものが出来てもおかしくはないですね。キャッチフレーズ的に言えば、「幸福になるためには人間力を鍛えよう。」 というところでしょうかね。
実は私も、上記の文を書きながら、これは、大人になってからの問題ではなく、子供の頃からの問題ではないかと心のすみで感じていました。
昔であれば子供が集団で遊ぶことによって、自然と人間関係のノウハウを学ぶことができる。ガキ大将になれば、リーダシップが自然と育成される。あるいは、ボーイスカウトのような組織に参加すれば集団生活を通して学ぶことができる。
そうした機会が非常に減ってしまっているのが今の状況なのではないかなという気がします。MOHという言葉が適切かどうかは分かりませんが、企業がこれだけそれを求めているという状況に照らし合わせると、MOH塾なるものが出来てもおかしくはないですね。キャッチフレーズ的に言えば、「幸福になるためには人間力を鍛えよう。」 というところでしょうかね。
トルシエのもとに戦ったワールドサッカーの敗戦分析公式記録に、「日本人選手の積極的コミュニケーションの能力が他国に比較し大変劣っていた。」と記述されていることを数年前のNHKドキュメンタリーで視聴した。核家族・少子化・携帯世代等で積極的に情報を取りに行かなくても誰かが指示し手を差し伸べてくれる「御膳立てされた世代」の指示待ち若人が増殖し続けている気がする。私が知る多くの企業では、管理監督者向けの教育の中のコミュニケーション教育の割合がここ数年で増加傾向にある。 日本でも世界でも求められているのはサッカーの本田や香川のような自立した選手であり、監督の采配で駒のように正確に動く球児型の選手ではなくなりつつある。 グローバル市場競争で求められるのは、監督・コーチの方針・指導に従いながらも、その場の一瞬の環境や市場変化に自ら考え多様な構成員とコミュニケーションを取り、現場で協調しながら俊敏に行動できる人材だ。 これは、若人も管理者も関係なく、現在の市場や企業が求める人材だと考えてもらいたい。
もう10年以上前ですが、会社時代に、開発プロジェクトの構成員に求められる能力は、野球型ではなく、サッカー型の選手の能力ではないかと、プロジェクトリーダと話をしていたことを思い出します。その意図はjayjayさんが言われていることとほとんど重なります。
指示待ち人間、自立していない人が増えてきたことは、最近の大学の学生を見ていても感じます。これを教育するには、どうすればよいのでしょうかね。(サッカーでもやらせるとよいのでしょうか。でもきっと皆でボールだけを追いかける初心者サッカーで終わってしますでしょうし・・・。)
指示待ち人間、自立していない人が増えてきたことは、最近の大学の学生を見ていても感じます。これを教育するには、どうすればよいのでしょうかね。(サッカーでもやらせるとよいのでしょうか。でもきっと皆でボールだけを追いかける初心者サッカーで終わってしますでしょうし・・・。)

