2012年 08月 18日
ベトナム戦争 |
8月15日は太平洋戦争の終戦記念日で、天皇陛下や首相が参列する全国戦没者追悼式が行なわれる。テレビ番組や雑誌でも、この時期には戦争を語り継ぐ特集が色々と組まれる。私も戦後の生まれではあるが、日本にとっての戦争の悲惨さ・愚かさというものは、ずっと教え込まれてきた。
ところで、昭和史に詳しい作家の半藤一利氏が、最近ある女子大に講演に行ったとき、「日本はかつてアメリカと戦争をした。」と話をしたら、皆が「エエッー」と驚き、「それでどちらが勝ったのですか?」との質問が出たという。
私にとっては、ビックリしてしまうような話であるが、米国でも同じような傾向があり、米国がかつてベトナムと大規模な激しい戦いを行い、しかも完敗したということを、現在の米国の多くの若者は知らないそうである。
ベトナム戦争は、1965年から1973年まで、北ベトナムと、米国・南ベトナム連合軍の間で行われた。圧倒的な軍事力の差と膨大な米国の戦力投入にもかかわらず、米国は北ベトナムを屈服させることはできずに、最後は全面撤退に追い込まれる。この敗戦が米国社会に与えた影響は大きく、深刻な財政危機、麻薬の蔓延、そして大国としての自信喪失を招いていくことになる。
日本でも、米国の大規模なベトナム攻撃に抗議する運動が広まり、当時はべ平連(ベトナムに平和を、市民文化団体連合)と呼ばれて多くの文化人や学生が参加した。
ソ連が崩壊した後は、米国と統一ベトナムは急速に接近して、1997年に、ベトナム戦争の指導者であったマクナマラ氏が、ベトナムを訪問し、戦争の当事者たちの間で議論を交わすという歴史的な会談が行われた。このときの、会談の映像は、NHKがスクープし、NHKスペシャルとして、1998年に放映される。
私は、それを見たとき、これは、NHKのドキュメンタリ番組の中でも最高の傑作ではないかと思った。その思いは今も変わりなく、当時の感動を綴った自分のメモは今でもなつかしく思いだす。
(下記に掲載しておりますので、お暇のある方、ご一瞥をいただければ幸いです。)
https://sakuraimac.exblog.jp/28691829/
米国内での激しい非難にもかかわらず、同じ過ちを繰りかえすべきではないという信念のもとに、回顧録を出版し、後世への歴史教訓を残すべく、ベトナムとの直接会談を実現したマクナマラ氏の姿勢は実に立派だったと私は思う。

ところで、昭和史に詳しい作家の半藤一利氏が、最近ある女子大に講演に行ったとき、「日本はかつてアメリカと戦争をした。」と話をしたら、皆が「エエッー」と驚き、「それでどちらが勝ったのですか?」との質問が出たという。
私にとっては、ビックリしてしまうような話であるが、米国でも同じような傾向があり、米国がかつてベトナムと大規模な激しい戦いを行い、しかも完敗したということを、現在の米国の多くの若者は知らないそうである。
ベトナム戦争は、1965年から1973年まで、北ベトナムと、米国・南ベトナム連合軍の間で行われた。圧倒的な軍事力の差と膨大な米国の戦力投入にもかかわらず、米国は北ベトナムを屈服させることはできずに、最後は全面撤退に追い込まれる。この敗戦が米国社会に与えた影響は大きく、深刻な財政危機、麻薬の蔓延、そして大国としての自信喪失を招いていくことになる。
日本でも、米国の大規模なベトナム攻撃に抗議する運動が広まり、当時はべ平連(ベトナムに平和を、市民文化団体連合)と呼ばれて多くの文化人や学生が参加した。
ソ連が崩壊した後は、米国と統一ベトナムは急速に接近して、1997年に、ベトナム戦争の指導者であったマクナマラ氏が、ベトナムを訪問し、戦争の当事者たちの間で議論を交わすという歴史的な会談が行われた。このときの、会談の映像は、NHKがスクープし、NHKスペシャルとして、1998年に放映される。
私は、それを見たとき、これは、NHKのドキュメンタリ番組の中でも最高の傑作ではないかと思った。その思いは今も変わりなく、当時の感動を綴った自分のメモは今でもなつかしく思いだす。
(下記に掲載しておりますので、お暇のある方、ご一瞥をいただければ幸いです。)
https://sakuraimac.exblog.jp/28691829/
米国内での激しい非難にもかかわらず、同じ過ちを繰りかえすべきではないという信念のもとに、回顧録を出版し、後世への歴史教訓を残すべく、ベトナムとの直接会談を実現したマクナマラ氏の姿勢は実に立派だったと私は思う。

by sakuraimac
| 2012-08-18 20:14
| 歴史
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