2013年 04月 24日
ゼロ戦とMRJ |
以前友人から勧められて読んだ百田尚樹氏の「永遠のゼロ」が、最近文庫本化されて発行部数を大きく伸ばしているようだ。(百田氏は「海賊とよばれた男」が、先日の本屋大賞に選出されてもいる。)
「永遠のゼロ」は、太平洋戦争中の一人のゼロ戦パイロットの生涯を、孫たちが追跡調査をしつつ、操縦士とその仲間たちの証言から太平洋戦争を見つめていくというものである。小説としても大変よくできているが、当時の戦闘状況について、著者が綿密で詳しい調査と取材をしていることにも感心する。
日本の近代史についてあまり学ぶ機会のない、若い人々への歴史の勉強にもおおいに役立つのではないかと思う。
ところで、私の小学生時代は、各国の戦闘機のプラモデルを集めて机に並べてワクワクしていたものである。ドイツのメッサーシュミット、英国のスピットファイア、米国のグラマンF4F、F6F、P51ムスタング、ロッキードP38、そして日本の隼、零戦、紫電改・・・。その中でも、高性能で芸術品ともいえた名機がゼロ戦(零式艦上戦闘機)であった。航続距離の長さと、軽量化による高い運動性能は、太平洋戦争の緒戦では圧倒的な強さを示し華々しい戦果をあげた。(米軍内では、高性能のゼロ戦と1対1で戦うことは禁止されていたそうである。)また、バランスの取れた機能美とも言える美しさも印象的であった。(鮎を思わせる隼も優美であったが、ゼロ戦のほうが姿に力強さがあった。)
ゼロ戦については、上記の百田尚樹氏のほかに、柳田邦男氏が書いた「ゼロ戦 燃ゆ」という名著がある。開発したのは三菱重工、設計者は堀越二郎氏。 当時の日本の航空機の設計能力はまさに世界のトップクラスにあったのである。
それが、終戦後は長い間封印されてしまい、日本の航空機産業は全く復活するチャンスを得られずに今日まで来た。戦後に堀越二郎氏が開発にかかわったYS11も経営的に成功できずに不発に終わってしまった。
以後、70年余りの年月を経て、ようやく航空機産業が日本に復活するチャンスが見えてきた。それが、三菱重工が開発している、国産初のジェット旅客機、MRJ(三菱リージョナルジェット機)である。世界的な需要が見込まれる中小型旅客機を狙ったもので、燃費の20%削減を売りにして、すでに200機の予約注文を獲得しているとのことである。
製造をするのは、子会社の三菱航空機で、愛知県豊山町に新工場を建設する予定とのこと。愛知県を含む中部地域は、航空宇宙産業の形成に向けた国際戦略総合特区として国から認定されており、その中でも、MRJは最も期待されているもののひとつである。
過去のゼロ戦の例を見ても分かるように、日本は航空機の開発・製造には非常に高い潜在能力を持っている。(ドラスティックな発想の転換というよりは、細かい工夫の累積が物を言う世界のようなので、特に日本には向いている産業のようだ。)
MRJ が、かつてのゼロ戦のような名機として認められて、世界に羽ばたき、日本の航空機産業が復活することを心から期待したい思いである。日本にはそれだけの力が十分あると信じている。ぜひ成功することを強く祈りたい。
「永遠のゼロ」は、太平洋戦争中の一人のゼロ戦パイロットの生涯を、孫たちが追跡調査をしつつ、操縦士とその仲間たちの証言から太平洋戦争を見つめていくというものである。小説としても大変よくできているが、当時の戦闘状況について、著者が綿密で詳しい調査と取材をしていることにも感心する。
日本の近代史についてあまり学ぶ機会のない、若い人々への歴史の勉強にもおおいに役立つのではないかと思う。
ところで、私の小学生時代は、各国の戦闘機のプラモデルを集めて机に並べてワクワクしていたものである。ドイツのメッサーシュミット、英国のスピットファイア、米国のグラマンF4F、F6F、P51ムスタング、ロッキードP38、そして日本の隼、零戦、紫電改・・・。その中でも、高性能で芸術品ともいえた名機がゼロ戦(零式艦上戦闘機)であった。航続距離の長さと、軽量化による高い運動性能は、太平洋戦争の緒戦では圧倒的な強さを示し華々しい戦果をあげた。(米軍内では、高性能のゼロ戦と1対1で戦うことは禁止されていたそうである。)また、バランスの取れた機能美とも言える美しさも印象的であった。(鮎を思わせる隼も優美であったが、ゼロ戦のほうが姿に力強さがあった。)
ゼロ戦については、上記の百田尚樹氏のほかに、柳田邦男氏が書いた「ゼロ戦 燃ゆ」という名著がある。開発したのは三菱重工、設計者は堀越二郎氏。 当時の日本の航空機の設計能力はまさに世界のトップクラスにあったのである。
それが、終戦後は長い間封印されてしまい、日本の航空機産業は全く復活するチャンスを得られずに今日まで来た。戦後に堀越二郎氏が開発にかかわったYS11も経営的に成功できずに不発に終わってしまった。
以後、70年余りの年月を経て、ようやく航空機産業が日本に復活するチャンスが見えてきた。それが、三菱重工が開発している、国産初のジェット旅客機、MRJ(三菱リージョナルジェット機)である。世界的な需要が見込まれる中小型旅客機を狙ったもので、燃費の20%削減を売りにして、すでに200機の予約注文を獲得しているとのことである。
製造をするのは、子会社の三菱航空機で、愛知県豊山町に新工場を建設する予定とのこと。愛知県を含む中部地域は、航空宇宙産業の形成に向けた国際戦略総合特区として国から認定されており、その中でも、MRJは最も期待されているもののひとつである。
過去のゼロ戦の例を見ても分かるように、日本は航空機の開発・製造には非常に高い潜在能力を持っている。(ドラスティックな発想の転換というよりは、細かい工夫の累積が物を言う世界のようなので、特に日本には向いている産業のようだ。)
MRJ が、かつてのゼロ戦のような名機として認められて、世界に羽ばたき、日本の航空機産業が復活することを心から期待したい思いである。日本にはそれだけの力が十分あると信じている。ぜひ成功することを強く祈りたい。
by sakuraimac
| 2013-04-24 12:36
| 社会
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