2014年 02月 04日
チューリングの功績 |
医院の待合室で眺めていた週刊新潮の随筆欄で、数学者の藤原正彦氏がチューリングのことを紹介しているのを見かけた。
私は大学の授業では、ノイマン、チューリング、シャノンは、現在のコンピュータと情報社会を作り上げた偉大なる3人だと、聞きかじりの知識で学生たちに話をしている。
シャノンの功績については、先日、ブログに書いてみたのだが、
http://sakuraimac.exblog.jp/17779657/
今回は藤原氏の随筆に刺激されてチューリングについてちょっと調べてみたので、彼の功績を記してみたい。
アラン・チューリングは、チューリングマシンと呼ばれる、コンピュータの概念を提唱した最初の科学者として評価されている。その名を冠したチューリング賞は、コンピュータ科学の分野ではノーベル賞に匹敵するものとして尊重されている。
チューリングの最初の論文は、ゲーデルの不完全性定理を別の面から証明した数学の論文であった。そこで提示された、チューリングマシンの概念が、論理学を機械の形で表現したもの、すなわちコンピュータのコンセプトを与えたものとして、コンピュータ科学の分野では高く評価されているわけである。(ゲーデル自身からも評価されたと言われている。)
ちなみに、2進数によるブール代数によって論理を電子回路によって構築できることを示したのがシャノンである。(世界初の電子計算機とされるENIACは10進数演算であった。)
また、プログラムとデータをメモリに格納して逐次演算装置との間で出し入れするという、現在の計算機の原型であるノイマンアーキテクチャを作ったのがノイマンである。(ENIACではプログラムは結線で作りこまれていた。)
チューリングは実際に、ACEやマンチェスターMark-1などの初期のコンピュータの開発にも関与している。その意味では、世界初のコンピュータはENIACではなくチューリングが作ったものと言った方が正しいのかもしれない。
チューリングの生涯で、特に印象的なのは、ドイツとの暗号解読の戦いであろう。第二次世界大戦中、英国はドイツの潜水艦Uボートに船舶を攻撃され亡国の危機に瀕していた。英国は、ドイツの暗号エニグマを解くためのプロジェクトチームを作り、当時から数学者として高名であったチューリングを抜擢していた。
エニグマ暗号が優れていた点は、平文を置き換える暗号鍵を毎日変えることと、平文を暗号化する鍵(メッセージ鍵)自体を、文書に応じて、元の暗号鍵で暗号化していたことであった。このために暗号文から暗号鍵を推定する作業が極めて困難となる。(この方式は今日の暗号でも使われている。)
チューリングは、膨大な暗号鍵を見つける作業を、ツリー探索方式とチューリングボンベと呼ばれるアナログ探索機械によって、短時間で終えることに成功する。エニグマの暗号はこれによって解読され、Uボートの脅威から英国は救われる。
ところが、それに気付いたドイツは総力を挙げて、エニグマを改良する。これには、さすがのチューリングも、大変な苦労をするが、占領品である暗号装置を分析することを続け、ついに2年後にその解読に成功する。
一方、英国も暗号の解読に成功したことを相手に気付かれないことが重要だと悟り、解読した情報の運用には慎重を期すようになる。
ノルマンディー上陸作戦を控えて、暗号解読の成功をドイツに悟られない為に、英国は自国のコベントリーの市民にドイツの空爆情報を伝えずに多数の犠牲者を出したという有名な逸話が残されている。それほど、戦争をしている国にとっては暗号の秘密は重要なものだった訳である。
戦争が終わった後は、チューリングは2つの大きな研究成果を上げている。
1950年に「計算機構と知能」という論文を書き、機械が人間の知能を持つかどうかの検証方法について論じた。この論文で示されたイミテーション・ゲームは後にチューリング・テストと呼ばれ、人工知能の分野で重要な概念として用いられることとなった。
1952年に書いた「形態形成の化学的基礎」という論文は、生命体の模様のパターンがどのように生まれるかという課程を反応拡散系という微分方程式で表そうしたものであり、その結果はチューリング・パターンとして知られている。これはその後の、自己組織化という複雑系の科学へも発展していく。
こうしてみると、チューリングは不完全性定理の証明から始まって、コンピュータの原理の考案、暗号解読、コンピュータの開発、人工知能への貢献、そして複雑系の科学にも通ずる生物形態学にも貢献している。その天才ぶりには驚くべきものがある。
ただ、シャノンに比べると、専門家以外には一般にはあまりよくその業績が知られていないような気もする(私も含めてなのだが・・・)。
それは、おそらく、英国が暗号とそれを解くための装置を国家機密として戦後も長らく秘密にし続けたこと、もう一つは彼自身の当時としては若干不名誉な個人的事情によって、その業績が公に名誉あるものとして評価される機会を失してしまったことも一因としてあるようだ。
しかながら、ゲーデルの不完全性定理の証明から始まって、第二次世界大戦の暗号戦、コンピュータの開発、人工知能の草分け、そして複雑系の科学に通ずる数々の業績はやはり素晴らしい。
大学の授業科目という面から見ても、シャノンが電子通信工学の父だとしたら、チューリングは情報工学の父と言って良いのではないかという気がする。改めてその功績を認識し直した次第である。
さて、冒頭にあげた天才3人のうち、残るは、マンハッタン計画にも参加したノイマンである。時間ができたら調べてみて、ここでまたご報告してみたい。
私は大学の授業では、ノイマン、チューリング、シャノンは、現在のコンピュータと情報社会を作り上げた偉大なる3人だと、聞きかじりの知識で学生たちに話をしている。
シャノンの功績については、先日、ブログに書いてみたのだが、
http://sakuraimac.exblog.jp/17779657/
今回は藤原氏の随筆に刺激されてチューリングについてちょっと調べてみたので、彼の功績を記してみたい。
アラン・チューリングは、チューリングマシンと呼ばれる、コンピュータの概念を提唱した最初の科学者として評価されている。その名を冠したチューリング賞は、コンピュータ科学の分野ではノーベル賞に匹敵するものとして尊重されている。
チューリングの最初の論文は、ゲーデルの不完全性定理を別の面から証明した数学の論文であった。そこで提示された、チューリングマシンの概念が、論理学を機械の形で表現したもの、すなわちコンピュータのコンセプトを与えたものとして、コンピュータ科学の分野では高く評価されているわけである。(ゲーデル自身からも評価されたと言われている。)
ちなみに、2進数によるブール代数によって論理を電子回路によって構築できることを示したのがシャノンである。(世界初の電子計算機とされるENIACは10進数演算であった。)
また、プログラムとデータをメモリに格納して逐次演算装置との間で出し入れするという、現在の計算機の原型であるノイマンアーキテクチャを作ったのがノイマンである。(ENIACではプログラムは結線で作りこまれていた。)
チューリングは実際に、ACEやマンチェスターMark-1などの初期のコンピュータの開発にも関与している。その意味では、世界初のコンピュータはENIACではなくチューリングが作ったものと言った方が正しいのかもしれない。
チューリングの生涯で、特に印象的なのは、ドイツとの暗号解読の戦いであろう。第二次世界大戦中、英国はドイツの潜水艦Uボートに船舶を攻撃され亡国の危機に瀕していた。英国は、ドイツの暗号エニグマを解くためのプロジェクトチームを作り、当時から数学者として高名であったチューリングを抜擢していた。
エニグマ暗号が優れていた点は、平文を置き換える暗号鍵を毎日変えることと、平文を暗号化する鍵(メッセージ鍵)自体を、文書に応じて、元の暗号鍵で暗号化していたことであった。このために暗号文から暗号鍵を推定する作業が極めて困難となる。(この方式は今日の暗号でも使われている。)
チューリングは、膨大な暗号鍵を見つける作業を、ツリー探索方式とチューリングボンベと呼ばれるアナログ探索機械によって、短時間で終えることに成功する。エニグマの暗号はこれによって解読され、Uボートの脅威から英国は救われる。
ところが、それに気付いたドイツは総力を挙げて、エニグマを改良する。これには、さすがのチューリングも、大変な苦労をするが、占領品である暗号装置を分析することを続け、ついに2年後にその解読に成功する。
一方、英国も暗号の解読に成功したことを相手に気付かれないことが重要だと悟り、解読した情報の運用には慎重を期すようになる。
ノルマンディー上陸作戦を控えて、暗号解読の成功をドイツに悟られない為に、英国は自国のコベントリーの市民にドイツの空爆情報を伝えずに多数の犠牲者を出したという有名な逸話が残されている。それほど、戦争をしている国にとっては暗号の秘密は重要なものだった訳である。
戦争が終わった後は、チューリングは2つの大きな研究成果を上げている。
1950年に「計算機構と知能」という論文を書き、機械が人間の知能を持つかどうかの検証方法について論じた。この論文で示されたイミテーション・ゲームは後にチューリング・テストと呼ばれ、人工知能の分野で重要な概念として用いられることとなった。
1952年に書いた「形態形成の化学的基礎」という論文は、生命体の模様のパターンがどのように生まれるかという課程を反応拡散系という微分方程式で表そうしたものであり、その結果はチューリング・パターンとして知られている。これはその後の、自己組織化という複雑系の科学へも発展していく。
こうしてみると、チューリングは不完全性定理の証明から始まって、コンピュータの原理の考案、暗号解読、コンピュータの開発、人工知能への貢献、そして複雑系の科学にも通ずる生物形態学にも貢献している。その天才ぶりには驚くべきものがある。
ただ、シャノンに比べると、専門家以外には一般にはあまりよくその業績が知られていないような気もする(私も含めてなのだが・・・)。
それは、おそらく、英国が暗号とそれを解くための装置を国家機密として戦後も長らく秘密にし続けたこと、もう一つは彼自身の当時としては若干不名誉な個人的事情によって、その業績が公に名誉あるものとして評価される機会を失してしまったことも一因としてあるようだ。
しかながら、ゲーデルの不完全性定理の証明から始まって、第二次世界大戦の暗号戦、コンピュータの開発、人工知能の草分け、そして複雑系の科学に通ずる数々の業績はやはり素晴らしい。
大学の授業科目という面から見ても、シャノンが電子通信工学の父だとしたら、チューリングは情報工学の父と言って良いのではないかという気がする。改めてその功績を認識し直した次第である。
さて、冒頭にあげた天才3人のうち、残るは、マンハッタン計画にも参加したノイマンである。時間ができたら調べてみて、ここでまたご報告してみたい。
by sakuraimac
| 2014-02-04 18:47
| 科学技術
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Comments(2)
ゲーデルもチューリングも難しい時代に恐ろしくも素晴らしい発見をして、そして多くの苦難にあった天才だと思います。でもそのおかげで、私たちは苦しまずにその理論に接することが出来て感謝するしかありません。当時は今のノートパソコンが無い時代ですのに、人間の思考実験だけで、基本的な理論を構築できたことにも驚かされます。今は、何でもコンピュータ・シミュレーションでやってみて、計算結果があったらOKの感じです。私は数学も物理も門外漢ですが、ダークマターの理屈には違和感を覚えています。
http://www.geocities.jp/imyfujita/galaxy/galaxy01.html
気が向いたらご覧ください。
http://www.geocities.jp/imyfujita/galaxy/galaxy01.html
気が向いたらご覧ください。
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sakuraimac at 2014-02-09 19:55
藤田様、コメントありがとうございます。サイトの覗かせていただきました。門外漢と言われるにしては、すごい深いご研究をされているようですね。私はもっと門外漢なので、一読しただけではついて行けませんでした。